「おつかれさまです、ただいま戻りました。」 デリカテッセンのクラブハウスサンドでランチを済ませて食後のコーヒーを飲んでいた神乃木は、同じく昼休みを終えて戻ってきた千尋の手元に目を止めた。 「ああ、ご苦労だったな。ところでコネコちゃん、ソイツは何だ? 随分とでっかいお土産だな。」 千尋の手には、随分重そうなものが入っているらしきビニール袋がある。 「ああ、これですか? そこのお花屋さんで見かけたんで、ちょっと。」 そう聞かれて、千尋はいそいそと中身を取り出した。 中から出てきたのは、小さな笹が数本植えられている鉢である。 「花瓶のアジサイがもう枯れちゃいそうでしたから、何か新しいのを……と思って、お昼の帰りに寄ったんですよ。ほら、今日、七夕じゃないですか。」 「ああ、そういえばそうだったな……すっかり忘れていたぜ。」 言われて神乃木は、ここのところ忙しくて、季節の移り変わりになど目を止めていなかった自分をかえりみた。 「ええ、私もばたばたしてましたから、本当はお花屋さんに寄るまで忘れていたんですけどね。かわいい笹の鉢植えを見て、そういえば実家じゃいつもちゃんと七夕様をしていたな……って思い出したんですよ。ほら、うち、田舎でしたから。」 それを聞いて、同じように忙しくしていながら、書斎に花を絶やしたことのない千尋の心配りにも気が付いた。 「そうか。オレはこういう事にゃとんと無縁だったほうなんだが……たまには、こんな風流も悪くねえな。」 「でしょう? あ、小さい短冊もあるんですよ。何か書きますか?」 さらに千尋は、袋の中から嬉しそうに薄いボール紙の短冊を取り出す。 その無邪気な笑顔は、いつものように神乃木の悪戯心を呼び起こした。 「そうだな……じゃあ、『コネコに引っかかれませんように』って書いておいてくれ。」 神乃木のからかいに千尋が頬をふくらませるのも、またいつもの通りである。 「……もう! じゃあ私は、『先輩に意地悪されませんように』って書きます!」 「それは……叶うかどうかはコネコちゃん次第、だな。ああ、あともう一つ、『いつもココロのこもったコーヒーが飲めますように』ってのも追加で頼むぜ。」 もちろん千尋のささやかなお返しなど、神乃木は余裕で切り返してみせる。 千尋が春に入所してきてから約3ヶ月。 事務所にある神乃木の書斎には、確実に“いつもの空気”が存在するようになっていた。 |