12月24日、18時45分。 私は、机の上に置いてあるカレンダーつきの時計を眺めて、軽くため息をついた。 やっぱり、何度見ても日付けは変わらない。今日は、間違いなくクリスマスイブだ。 大勢の友達と楽しく盛り上がったり、家族水入らずで静かな時を楽しんだり、そして……恋人同士で、甘いひとときを過ごしたり。街は赤と緑の二色に染まって、色々な楽しさを高らかに歌いあげている。 それなのに私ときたら……一緒に過ごす相手のあてもなく、いつ片付くとも知れない事件の資料とにらめっこだ。いつものことだけれど、“いつも通り”だということ自体が、少しむなしい気分だった。 「コネコちゃん……どうしたんだ?」 ぼんやりしていた私の背中に、センパイの声が飛んでくる。 「どうも、ソワソワしてるみたいだな。……この後、猫の集会でもあるのかい」 私が振り向くと、センパイはいつも通りマグカップをかたむけて、少し皮肉な笑みを浮かべていた。 「あ、いえ、別に何もないんですけど……。一緒にクリスマスをお祝いする人のアテもありませんし」 「……そうか。オレはてっきり、アンタにゃ早く帰りたい用事があるもんだとばかり思っていたぜ」 気のせいか、センパイの表情が少し和らいだように感じられる。 そういえばセンパイも、“いつも通り”な今日を過ごしている一人だ……当たり前のように仕事をしていたから気がつかなかったけど、なんだかそれは、とても意外なことのような気がした。 「ザンネンですけど、入所してからこのかた、待っててくれる人を探す暇なんてありませんでしたからね。神乃木さんこそ、どうしたんですか? 『特別な日には、サッサと仕事を切り上げて特別な時間を楽しむ……そいつが、オレのルールだぜ』とか、言わないんですか?」 神乃木さんが、皮肉っぽく片頬を上げる……私なりにいっしょうけんめいやったモノマネは、あんまり似てなかったみたいだ。 「クッ……そんなルールは、オレのルールブックに載ってねえな」 「じゃあ、センパイは、どんなルールでクリスマスを過ごすんですか?」 何気なく聞いてみて、ふと、どんな答えが返ってくるかドキドキしている自分に気がついた。 (ちょっと、なんでドキドキしなくちゃいけないのよ……神乃木さんがどんなクリスマスを過ごそうと、私には関係ないじゃない、千尋!) あわてて打ち消す私の内心を知ってか知らずか、センパイはいつにも増して、ほんのちょっぴりキザな微笑みを浮かべた。 「そうだな……。街中が浮かれている時にはいつも通りに過ごして、後で自分だけの特別な時間を過ごす。オレのルールは、そんなところだ」 それだけ言って、神乃木さんはカップから一口飲んで、私には考えの読めない、いつも通りの横顔を向けてきた。 ……なんだかはぐらかされたような気もするけど、それ以上突っ込んだことを聞く上手い言葉も思いつかなかった。 「……そうですか」 なんとも芸のない返事をして、私は仕事に戻ろうと再び机に向かった。 「ああ。それから、もう一つルールがあるぜ」 と、後ろを向いた私の目の前に、いきなり神乃木さんの手が差し出された。 「…………! な、なんですか……?」 神乃木さんが、手を開く。 「世間が騒いでいる間も頑張っているコネコちゃんには、ご褒美を忘れない……そいつが、オレのルールだぜ」 「え……?」 センパイの手の中から、魔法のように小さな袋があらわれた。 可愛らしいクリスマスツリーの形をしたキャンデーが、私の目の前に差し出されている。よく見ると、近くにあるコーヒーショップの名前がついたリボンがかかっていた。 「……プレゼントなんて、大袈裟なもんじゃねえけどな。こんな日まで仕事に付き合うハメになったコネコちゃんに、せめてものお見舞いってとこだ」 驚いて振り向いた私に、神乃木さんがウインクを送ってくる。 ……相変わらず、しゃくにさわるほどバッチリ決まっている。 「……ありがとうございます。あの、でも、私……」 「おっと、ささやかな贈り物には見返りを求めねえってのも、オレのルールだぜ」 私にみなまで言わせず、言いたいことを先回りされてしまった。くやしいけど、本当にこの人にはかなわない。 この借りはかならず、来年のクリスマスに返してやろう。……私は心の中で、こっそり誓いを立てた。 (神乃木さんが驚くような気の利いたプレゼントは、まだ思いつかないけど……来年の今ごろにはきっと、センパイをびっくりさせるようないいオンナになってみせるわ。……ファイトよ、千尋!) 私は自分に気合いを入れて、再び事件の資料に向かい合っていった。 |