「すみません、遅くなりました!」 いつも通りぱたぱたと小走りに寄ってきたコネコちゃんを見て、オレにしては珍しいぐらい素直に、新鮮な驚きってやつが胸の中に広がってくるのを感じた。 「いや、いくらも待っちゃいねえさ。それにしても……今日のコネコちゃんは、正真正銘の日本ネコ、ってやつだな」 「……え? あ……もしかして、晴れ着のこと、ですか?」 「ああ。いつもと違う毛並みに、ちょいと驚いちまったぜ」 そう。コネコちゃんは、落ち着いた色合いでいかにも上等な年代物らしい振り袖を、キッチリと着こなしていた。 裾ひとつ乱さずに駆け寄ってきた様子で、普段着を着るのと変わらないぐらいに着慣れていることがよくわかる。そこらじゅうにひしめいている、危なっかしい足どりでいかにも着物に“着られている”ようなネエちゃんたちとは、ひと味もふた味も違っていた。 「そういえば、和服を見ていただくの、初めてでしたよね……実家ではよく着ていたんですけど、こっちに出て来てからは、なかなか機会がなくて。あの、いつもと感じが違いますから……おかしくないですか?」 コネコちゃんは、少し照れくさそうに微笑んでオレの目を見つめた。 いつもなら元気いっぱいにじゃれついてくるコネコちゃんだが、どうやら今日は特別らしい。華やかでありながら品のいい模様に彩られた晴れ着が、コネコちゃんをいっぱしの大和撫子に変身させているようだ。 それにしても、いくら田舎でも普段着がわりに和服を着るなんて、今どき珍しいにもほどがある。時々話に出てくるコネコちゃんの故郷は、なかなか秘密めいた場所のようだ。別に詮索するつもりはないが、どんなところか一度見てみたいような気もする。 「今日のコネコちゃんなら、一人前のレディに扱うのもやぶさかじゃねえ。……馬子にも衣装、だな」 「…………あの。一応、褒めてくれてるんですよ……ね?」 「クッ。……そう思いたかったら、そう思ってくれても構わねえぜ?」 「もう! お正月なんだから、たまには素直に言ってくださいよ!」 やっと、コネコちゃんはいつものようにツメを出して元気にじゃれついてきた。 正直なところ、柄にもなく胸が高鳴るぐらい、初めて見るしとやかなコネコちゃんはキレイだった。 だが、いつもがいつもだけに、ここで思いつくまま賞賛の言葉を重ねるのも、どうにも白々しいような気がした。もしかしたら、オレには似合わないことこのうえないが……少しばかり、照れちまっていたのかもしれない。 「一年の計は元旦にあり、だ。ここでコネコちゃんを猫かわいがりしちまったら、今年はずっと甘い飼い主でいるハメになる。そいつは頂けねえからな」 「それじゃあ私、今年も神乃木さんにからかわれっぱなしってことじゃないですか……」 「異議があったら、普段着でも一人前のレディに扱いたくなるいいオンナになるんだな。それなら、聞いてやらないでもないぜ……コネコちゃん」 「…………もう!」 コネコちゃんがプーッと頬をふくらませて、あっという間に大和撫子からじゃじゃ馬娘のカオになる。せっかくの美女っぷりも台無しだが、そんなコネコちゃんを見て、ようやくオレにもいつもの調子が戻ってきた。 やっぱりオレは、こうしてコネコちゃんとじゃれ合っているほうがしっくり来るようだ。 「せいぜい、頑張って願掛けすることだな。それじゃあ……行くか?」 「……はい! 来年はそんなこと言われなくなりますように……って、気合い入れてお願いしちゃいますからね!」 気のせいか、コネコちゃんもさっきまでより活き活きとしているような気がする。 しとやかな和服美人も悪くないが、やっぱりコネコちゃんもいつもの通り、元気が一番だ。 「そう言う神乃木さんは、何をお願いするんですか?」 「……さあな。道々、ゆっくり考えるさ」 オレの願い事はまだ決まっちゃいなかったが、考える時間はたっぷりあるはずだ。 なにしろコネコちゃんが、さっきまでのしとやかぶりもどこへやら、早くもずらりと並んだ屋台にすっ飛んでいきそうな勢いだ。この調子じゃ、ご社殿に着くまでに相当時間がかかるに違いない。 さて、今年はどんな年になるんだか。オレは、約束通りコネコちゃんを一人前のレディとして丁重にエスコートしながら、参道に足を踏み入れた。 |