コネコの背伸び


「裁きの庭10」で「やみのみ」まっつんさんの素敵本に触発され、勢いで書き殴ったまま氷漬けになっていたらくがきです。
お題は、「たまには自分から神乃木さんにちょっかいかけようとして、あたふたするコネコちゃん」で。

相当アレなネタなので裏に置こうか迷いましたが、具体的な行為は無しということでこちらに……。


(勢いでこんなものを買ってきちゃったけど……うう、どうしようかしら……)

 千尋は手元の雑誌に目を落とし、ページいっぱいに広がっているイラストを見て、また慌てて目をそらした。

(だ、ダメよ、千尋、あきらめちゃダメ……! 弁護士の勉強だって、最初は何もわからなくて手探りだったじゃない。苦手だと思ったら、いつまでも苦手なままよ!)

 深く息を吸い込み意を決して、千尋はもう一度雑誌を見つめた。今度は目をそらすことは無かったが、彼女の白い頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

(やっぱり、恥ずかしくて死んじゃいそう……でも、頑張るって決めたんだし、私だって、こ、これぐらいは……!)

 千尋はますます熱くなる頬を片手でぴしゃりと叩き、震えるもう片方の手でおそるおそるページをめくった。

 新しいページには、非現実的なまでに胸の大きな女性と、これまた現実離れした逞しい体格の男性が、一糸まとわぬ姿であられもなく絡み合っているシーンが大きく広がっている。画面のところどころであらわになっている隠すべき部分には、申し訳程度の黒い線が引かれているが、猥褻図画の頒布を禁じた法律を厳密に適用すれば、間違いなく有罪になるような代物だ。
 彼女が読もうとして四苦八苦していたのは、要するに、未成年が買うと刑罰の対象になる漫画……平たく言えば、アダルトコミックなのだった。


 そんなものにはまったく縁のない千尋が、無理をしてまで真剣に読破しようと挑んでいた理由。それは、ここに来る前に神乃木に言われた、何気ない一言だった。

「神乃木さん、お待たせしました。まだ足りないものもあるかも知れませんが、おおよその必要な資料は集まったと思います」
「……そうか。オレのほうも、一応のメドはついたところだ。じゃあ、そろそろ帰ることにするか」

 何度となく繰り返された、遅くまでの残業。二人にとってはもはや日常と化した、ごく当たり前の光景だ。

「……いつもこんな時間まで付き合わせちまってすまねえな、千尋」

 神乃木は猫科の猛獣のように大きく伸びをして、千尋をねぎらいつつ、マグカップに残っていたコーヒーを一気にあおった。

「いえ、私が好きでやっていることですから。……カップ、片付けてきますね」

 疲れなど見せずに微笑んでマグカップを手に取ろうとする千尋を、神乃木は素早く抱き寄せる。

「きゃっ!」

 不意打ちのように手をつっと撫でられ、千尋は思わず小さな悲鳴を上げてカップを手放した。いつも通りの可愛らしいリアクションを満足そうに眺めて、神乃木はひょいとマグカップを手元に引き寄せた。

「テメエの始末は、テメエでつける……そいつが、オレのルールだぜ。コイツは、オレがやる」
「でも、いつも私がやっていることですし……」

 職場では先輩後輩の関係を重んじている千尋が渋るのも、神乃木にとっては予想通りのことだった。彼女の気持ちなどお見通しとばかりに、神乃木は軽く片目をつぶって微笑みかけ、さらにたたみかけるように言葉を続ける。

「おっと、こいつはオレのためでもあるんだからな。イヤとは言わせねえ」
「どういうことですか?」
「カンタンな話だ。オレは、早く千尋と一緒に帰りたい。そのためには、帰り支度に時間のかかるコネコにさっさと身づくろいをしてもらって、その間にオレがコイツを片付けちまったほうが効率的ってわけさ」
「でも……」
「でもも何もねえ。どうしても気になるっていうんだったら、オレの家に着いた後で、たっぷりサービスしてくれればいいさ」
「…………!」

 きわどい意味を想像せずにはいられないような神乃木の言い回しに、千尋は思わず顔を真っ赤にして黙り込む。そんな反応も、神乃木にとっては、常に組み込まれているいつもの予定のようなものだ。

「おや、自信がねえのかい? デキるオンナは、昼間のすましたカオとはまったく違う情熱的なサービスも、ダイタンにこなしちまうもんだぜ……まあ、初心なコネコちゃんをジャラして豹変させちまうのも、飼い主の特権ってやつだけどな」
「……! じ、自信がないなんて、そんなことありませんっ! いつまでもジャラされてばかりだと思ったら、大間違いですよ……私だって、やる時はやるんですから! ええ、こなしてみせます。こなしてみせますともっ!」

 売り言葉に、買い言葉。
 かくして、まんまと挑発に乗った千尋をニヤニヤと眺める神乃木という、いつもの図式はできあがった。


 とはいえ、勢いで大見得を切ってはみたものの、千尋に『情熱的なサービスをダイタンにこなす』当てがあるわけもない。
 泥縄で即席の参考書を探したところで、こんな時間に手に入るものといえば、コンビニで一般誌からは区分けされたエリアに並んでいる、いかがわしい雑誌ぐらいのものだ。
 神乃木の目を盗んで、中身も見ずに比較的ソフトな表紙の漫画雑誌を買ってきたはいいが、予想をはるかに上回る過激さに頭を抱えている……というのが、冒頭に至ることの次第というわけだった。

(落ち着くのよ、千尋! 確かにこんなの、全部マネするのはムリだけど……何か一つぐらい、参考になることがあるはずよ! 神乃木さんがシャワーから戻ってくる前に、何か一つぐらい……)

 そう自分に言い聞かせて必死にページをめくっては、目をそらしたり真っ赤になったり……気持ちだけは一人前の仔猫が、自分の体よりも大きな獲物に必死で飛びかかろうとしては斜めに飛びのくような光景は、まだまだ延々と続きそうだった。


もうちょっと先までネタだけは考えてあるんですが、ひとまず終わっときます。
気が向いたら続いたりするかも知れません。



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