ささやかな贈り物



 下町の広場に、賑やかな商いの声がこだまする。
 それほど広くない敷地の中は、衣服、雑貨、古びた書物、花、装身具などなど……幅広い種類の露店でごった返し、ござや屋台で作られた簡素な店舗の上にさまざまな商品が所狭しと並べられている。

 ミリエルは、ヴェイクに連れられて来た初めての場所を、物珍しげに見回した。

「この辺りに、これほど賑わっている市場があるとは知りませんでした。実に、興味深いですね」
「へへっ、ちょっとしたもんだろう? 俺様とっておきの下町名物、のみの市ってやつだ!」

 ヴェイクは好奇心溢れる連れの反応を満足そうに眺め、縄張りを見渡す野生動物のように誇らしげな表情で、広場にひしめく店の数々を一望した。

「ぜいたく品や由緒正しい物はねぇが、それ以外なら何でもある! って言われてるんだぜ。お前、いろんな物に興味持つからな。普通の女が喜びそうな店より、こういう所のが気に入るんじゃねーかと思ってよ」
「……はい。雑然とした中に、観察すべき価値のある物がそこかしこに潜んでいる……そのように感じます。新たな発見は、案外、このような日常と密着した場所からもたらされるのかも知れません」
「さぁな、難しいことは俺様にゃよく分かんねーけどよ。とりあえず、片っ端から気になるものを見てけばいいと思うんだぜ! そうすりゃ、買い物がてら楽しい話なんかができて、さっき言ってた絆ってやつも深まるだろ?」

 ヴェイクが、当然の理屈だと言わんばかりに胸を張る。
 そんな彼を少し不思議そうに、それでいてどこか尊敬の念を感じさせる眼差しで見つめ、ミリエルは軽くヴェイクに微笑みかけた。

「……なるほど、それが貴方の直感に基づいた行動なのですね。では、早速そのようにしてみましょう」
「ったく、相変わらず素直じゃねーな。ほら、行くぞ! 人が多いからな、はぐれんなよ」
「あ……」

 ヴェイクはミリエルの手を引き、雑踏へと踏み出した。
 手を引き寄せられた時ミリエルは一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたが、素直に彼の後を追って歩き始める。


「お、これ、お前に似合うんじゃねーか?」

 沢山の露店が立ち並ぶ通りに入ってほどなく、ヴェイクが足を止めた。
 屋台の上に組み立てられた飾り棚に小物やアクセサリーが並べられている、小さな雑貨屋といった佇まいの店だ。

 ヴェイクが指差したのは、幾何学模様があしらわれたシックな寄木細工のブローチだった。
 彼の指先にあるものを認めたミリエルは、少し照れたように首を軽く横に振り、控え目な否定の意志を示す。

「え、私は、こういった身を飾る物とは今まであまり縁が無く……」
「いやいや、今までは縁がなくたって、着けてみたら似合うかも知れねぇだろ? 俺様に騙されたと思って、ちょっと試してみろって」
「は、はあ……」
「おう姉ちゃん、鏡貸してくれ、鏡」

 店番の若い女はあまり口数の多い方ではないらしく、売り口上を述べるでもなしにヴェイクに手鏡を渡し、ただにこにこと様子を見守っている。
 ヴェイクは鏡を受け取ってミリエルの襟元を映し出し、その辺りにブローチを合わせるよう彼女に促した。

 ミリエルはいまだ戸惑いを隠せないふうだったが、ヴェイクの勢いに押されるようにマントの合わせ目にブローチを持ってゆき、鏡の中の自分をじっと見つめた。

「ほら、俺様の言った通りだろ? 似合ってるじゃねーか! お前、こういうシンプルで上品系つーの? 絶対似合うと思ったんだよな!」
「…………。そう、でしょうか……」

 ヴェイクはそんな彼女を見て、心底嬉しそうに自らの審美眼とミリエルの新たな魅力を褒めたたえる。
 相変わらず半信半疑といった風情のミリエルではあったが、その頬には次第にわずかな赤味が差し、表情は少しずつ和らいでいった。

「率直に言って、見慣れない物が加わった自分の姿というものは、やはり違和感を感じますが……ヴェイクさんがそう言われるのでしたら、私には分からない魅力というものが確かに存在するのでしょう」
「おう、さっきからずっと、あるって言ってるじゃねーか。いいから、俺様の褒め言葉を素直に受け取っとけって! ああ、あと、『さん』はいらねーぜ。ダチなんだからよ!」
「……はい。…………」
「どうした?」

 ミリエルが、不意に言葉を切って何やら思案する。
 ヴェイクは彼女の唐突な変化にも慣れた様子で、さらりと軽く問い返した。

「あ、申し訳ありません。『褒め言葉を素直に受け取る』ことにした際に、どのような反応を返すべきなのか……何分そのような経験がないもので、少し考えあぐねてしまったのです」
「なんだ、そんなことか。褒められたつっても、単なる事実を言われただけだろ? なら、礼だけ言って堂々としときゃいいじゃねーか。ま、俺様凄い! って言われた時の俺様を手本にしときゃ間違いねぇって!」

 迷いも躊躇もなく自信満々に言い切るヴェイクに、ミリエルはかすかな笑みを浮かべていらえを返す。

「貴方の全てをお手本にするのは、正直問題があると思いますが……でも、見習うべき点が多々あるのは、事実と思います。ですからここは、貴方の言う通り……ただあるがままに、賞賛の言葉を受け入れてみることにします。その……ありがとうございます。ヴェイク……さん」

 ミリエルは慣れない感情表現に照れた様子で、ぎこちない礼を述べた。
 そんな彼女を上機嫌に見つめ、ヴェイクは軽い調子で言葉を続ける。

「なんだか微妙に引っ掛かること言われたような気がするが、まぁ気にしないでおくぜ……そう、それでいいんだよ! あ、それと、『さん』はナシって言っただろーが」
「そう言われましても、急に呼び捨てにするのは、どうにも馴れ馴れしく感じられて……」
「馴れ馴れしくていいんだよ、ダチなんだからな! そうだ、ダチついでに、そいつは俺様からのプレゼントにしとくぜ! おい姉ちゃん、いくらだい」

 連れの返事も待たずにさっさと値段を交渉し始めたヴェイクに、慌ててミリエルが制止の言葉をかける。

「……! 特に理由もないのに、贈り物をいただくわけには……!」
「何言ってんだ、ダチがダチにちょっとしたプレゼントをするのに、理由なんかいらねぇぜ。特別なワケなんかなくたって、旅行の土産とか渡したりするだろーが。いいから遠慮すんなって」

 彼女の否定など意に介さず、ヴェイクは早々に交渉をまとめてブローチを受け取り、無造作にミリエルの手の平に握らせた。

「あ……」
「ほら、とっときな。ダチのしるし、ってやつだ!」
「…………。友情や絆そのものに形は無くても、目に見える『証』の形をとって表れるものもある、という事でしょうか……論理的に説明はできなくても不思議と引き付けられるものがある、興味深い仮説です。……貴方の厚意、有難く受け取らせていただきましょう。あらためて、ありがとうございます」
「ったく、単なるダチのやりとりが、相変わらずスケールのでっけぇ話になっちまうんだな。まぁ、そこがミリエルの面白いとこなんだけどよ!」

 ミリエル、と呼び捨てにされた瞬間、彼女の頬がかすかに赤く染まる。
 そして多少の驚きと、意外な心地良さと……彼女自身にも理解し難い感情の混ざった、微妙な表情が浮かべられる。
 そこに込められた機微はヴェイクにはいささか複雑すぎるものだったが、二人の間に流れる空気は、確実により親しいものに近づいていた。

「……ところで。理由を必要としない贈り物をするのは、友人関係が成立しているならば、誰から誰にであっても問題ないのですよね?」
「ん? そりゃそうだが……お、もしかしてお前も、俺様に何かくれるってのか?」
「貴方に考えを言い当てられたのは、若干不本意ではありますが……はい。その通りです。私からも、何か貴方に贈り物をしてみたくなりました」

 不本意と言いつつも満更でもない様子で、ミリエルは眼鏡の奥からヴェイクの顔をじっと見つめている。

「……言っとくけどよ、お礼とかそういうのはナシだぜ。ダチってのは、貸し借りだの見返りだのの面倒は抜きでいいんだからよ」
「はい、私もそう認識しています。ただ純粋に、貴方に何かを選ぶという行為を経験してみたいと思いました。貴方に似合いそうなものや役に立ちそうなものを考える過程において、絆の発生や変化を知る手がかりに近づける……根拠はありませんが、何となくそんな予感がするのです」
「おう、そういう事なら大歓迎だ! お前の頭でこの俺様について深く研究すりゃ、何か凄ぇ大発見ってやつにブチ当たっても不思議じゃねーからな!」

 ミリエルが己に向けてくる興味を心地良さげに受け止め、ヴェイクは屈託のない笑顔を浮かべる。

「そうと決まりゃ、今日は、お前にとことん付き合うぜ! よし、行くぞ!」
「……はい。よろしくお願いします」

 ヴェイクに頷きかけた後、ミリエルの視線は観察の対象を求め、広場いっぱいに広がる露店の上を行き来する。
 彼女の興味がどこに転がるか、ヴェイクも好奇心いっぱいに視線を追いかける。

 活気溢れる庶民たちの商いの場は、まだまだ始まったばかりだった。


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 後 記 

一周目のプレイではわりと成り行きでくっついたカップルが多かったのですが、
この二人は最初の登場が気に入って、かなり意図的にくっつけました。

ミリエルさんの頭いいのにどっかズレてて恋愛には奥手なところも、
なにげに親世代男性陣イチの男前だと思うヴェイクさんの器のでっかさも、大好きです♪。
(親世代全体だと、一番男前なのはソワレさんで鉄板だと思いますw)

読んでいただき、ありがとうございました!