八月もあと数日を残すのみの、暑さも少し和らいだ夜のことだった。 「ねえ……どうかしたの?」 千尋はベッドから身体を起こして、髭をなぞるように神乃木の頬に触れた。 「いや……どうもしないぜ。どうしたんだ?」 神乃木は身体を横たえたまま頬に伸ばされた千尋の手を取り、天井を眺めていた目を彼女に向ける。 そんな神乃木の目をじっと見つめ、千尋はそっと額にくちづけた。 真っ直ぐな髪が、神乃木の裸の胸にさらりと流れ落ちる。 「……そう。ううん、それならいいの。ただ、さっきからずっと、遠くを見ているような目をしていたから……」 神乃木は、自分の顔を覗き込んでいる千尋の目を見つめ返した。 彼女の瞳にほのかな不安の影がちらついているのに気づいて、神乃木は力強く千尋を抱き寄せた。そして、安心させるように背中を撫でながら、耳元で囁く。 「大丈夫だ、千尋。……ただ少し、考えごとをしていただけだ」 「……考えごと?」 背中を流れる大きな手のぬくもりに身を任せ、広い肩に頭をもたせかけながら、千尋は聞き返した。 その表情から翳りが消えているのを見てとって、神乃木も安心したように優しい微笑みを千尋に向ける。 「ああ。少しか当分かは分からねえが……先のことをちょっと、な」 神乃木は再び天井を見上げて、考えていたことを思い出すかのように、もう一度黙り込んだ。 千尋は余計なことを言わず、彼の考えがまとまるのをじっと待っている。 言うべきことが見つかるまで静かに待ち続けるのが、どちらからともなく決めたお互いのルールだった。 しばしの間、静寂だけに包まれた空気が、部屋の中を流れていった。 「……千尋。ほんの少し、オレの独り言につき合っちゃあくれねえか」 それから、どれだけの時間が経っただろうか。 神乃木は天井を見上げたまま、半ば自分に言い聞かせるかのように、ぼつりとつぶやいた。 千尋は黙ってうなずき、神乃木の手を優しく握りしめた。そして、どんなに小さな囁き声でも聞こえるぐらいに、ぴったりと身を寄せる。 「……ありがとうよ。じゃあ、そのまま聞いていてくれ」 神乃木は千尋の指をなぞりながら、甘くて低い声で語りだした。 「なに、そんなに難しい話じゃねえさ。やるべきことにケリがついたら、どんなことをやりたいか……月並みに言っちまえば、ささやかな夢ってやつだ。今夜は何故だか、無性にそんなことを考えたくなっちまってな。さっきまで、あれこれ思い浮かべていたってわけだ」 千尋は神乃木に寄り添い、彼の言葉をただ静かに聞いている。 |