里の秋/1



「あ、神乃木さん、お疲れさまです!」

 昼食を近くのカフェで済ませてきた神乃木を、千尋の元気な声が出迎える。
 昼休みももうすぐ終わりという頃合いだが、千尋の机に広げられているランチボックスには、まだたくさんの中身が残っていた。

「ああ。……コネコちゃん、体の調子でも悪いのか? いつもなら、弁当をペロリとたいらげて丸まっている時間だろう?」

 からかい半分ではあるが少し心配そうな神乃木の言葉に、千尋は軽く笑って首を横に振った。

「違いますよ、今日はおかずをたくさん作りすぎちゃっただけです。昨日、実家から色々届いたんで……ほら、うち、田舎ですから」

 言われて神乃木がよく見てみると、確かにいつもより大きな箱に色とりどりの煮物がぎっしりと詰まっている。

「こりゃ、また随分とクラシックなメニューだな。……コネコちゃんが作ったのか?」
「あ、はい! 良かったら、センパイも一口いかがですか?」

 千尋は少し照れくさそうに、コンビニで買ってきたらしい袋入りの割り箸を差し出した。どうやら、元々誰かに食べてもらうつもりだったらしい。

 もっとも、その“誰か”はかなりの割合を神乃木が占めていて、星影や同僚たちはついでのような扱いだったのだろう。
 他にも事務所で昼食を取っている所員はいて、千尋はいつでも彼らのところに行くことができたのだから。

「据え膳食わぬはオトコの恥、だな。ありがたくいただいちゃうぜ、コネコちゃん……」
「…………。なんかその言い方、他の人が聞いたら誤解しそうですよ……」

 そんな気持ちを見透かしたようなきわどい物言いに、千尋がたちまち真っ赤になる。

「オレは文字通りのイミで言っただけだぜ。それとも、誤解される内容で言ってほしかったのか?」
「…………もう!」

 軽口を叩きつつ、神乃木はランチボックスに箸を伸ばす。
 千尋はからかいに頬をふくらませながらも、やはり神乃木の反応が気になるようで、緊張した面持ちで彼の顔を見つめている。

 人参、レンコン、里芋、椎茸、牛蒡……神乃木は一つ一つ確かめるように、それぞれの山の幸をじっくりと味わっている。

「あ、あの……神乃木さんはきっと、普段あんまりこういうものは召し上がらないでしょうから、お口に合うかどうかわかりませんけど……私の故郷では、いつもこの季節になると作るんです。みんなで持ち寄った野菜を手分けしてむいて、出汁をとった大きなお鍋で煮込んで……」

 黙々と食べる神乃木に、千尋は一生懸命説明を続ける。

「私、こっちに出てくるまでずっとこういう料理ばっかりでしたから、自分で作る時はこんな田舎っぽいものばっかりになっちゃうんですよ。少しは洋風の味付けとかも覚えたいんですけど、なかなか時間がとれなくて……」

 恥ずかしそうに口ごもる千尋の目を見て、神乃木は軽く片頬を上げた。

「確かに、最近あまりこういうモンは見かけねえな。だが、和風だろうと洋風だろうと、新しかろうと古かろうと、美味いものは美味い……そいつは、変わらねえさ」


NEXT→

もくじに戻る