里の秋/2



 神乃木の言葉を聞き、千尋の目がぱっと輝く。

「あの、じゃあ……」
「ああ。手間ひまかけた美味いもんをオゴってくれて、ありがとよ」
「ホントですか? 良かった!」

 珍しいぐらい素直に褒められて、千尋もこれ以上ないほど無邪気な笑顔を浮かべる。

「正直、ちょっと不安だったんですよ。こっちの人に、こういう素朴なものってどうなのかなあ、って……」
「オンナだからって、厚化粧しなきゃならねえなんて決まりはねえさ。素材が良くて新鮮なら、スッピンでも勝負できるんだからな。シンプルな料理でこれだけ美味いっていうのは、逆に贅沢なことなんだろうぜ」
「そうかも知れませんね。確かにこっちじゃ、採りたてで土がついた野菜なんか、滅多に見かけませんし……」

 千尋は故郷を思い出すかのように、窓から遠い空を見つめた。

「いいところなのかい、アンタのふるさとは……?」

 そんな千尋の様子を見て、神乃木が問いかける。千尋は微笑んで頷き、再び故郷に思いを馳せるように遠い目をする。

「ええ。ホントに田舎だし、ちょっと他所の人から見たら変わった習慣があったりもするんですけど……。でも、あったかくて、キレイで、おいしいものがいっぱい採れて……やっぱり私にとっては、とっても大切な故郷なんです」
「……そうか。そんなにいいところなら、里帰りしたくなる時もあるだろう?」

 神乃木の問いかけに、千尋がうなずく。しかし次の瞬間、千尋は強い力の宿る目を向け、きっぱりと横に首を振った。

「……はい。でも、決めているんです。一人前の弁護士になるまでは、絶対向こうに帰らないって……。向こうに残して来た妹が心配だから、電話や手紙はまめに送ってますけどね。今回送ってもらったものも、私が送った手紙の返事と一緒に届いたんですよ」

 そう言って千尋は、鞄の奥から大事そうに一通の手紙を取り出し、神乃木に差し出した。封筒の裏には「綾里 真宵」とある。

「コネコ姉妹、か……。コネコちゃんからコネコちゃんへの大事な手紙、読んじまっていいのかい?」
「ええ。自慢の妹なんですよ」

 千尋が、屈託のない笑顔で胸を張る。

「そうか。じゃあ、遠慮なく読ませてもらうぜ」

 神乃木は手紙を広げて、千尋も隣から覗き込んだ。一枚だけの短い手紙には、少し幼い、しかし一生懸命に書いたであろうことがよく伝わってくる、くっきりとした字が綴られていた。

『お姉ちゃんへ

 お姉ちゃん、手紙ありがとう。元気みたいで安心しました。私も、一人ぐらしにはなれてきたから、お姉ちゃんも心配しないでください。
 倉院の里は、もうすっかり秋になりました。キミ子おばさまたちとおなべをやったり、うら山で柿やクリをとったり、庭で焼きいもをしたり、お月見でおだんごを作ったり、いろいろ楽しくやっています。

 今日は、お姉ちゃんに、倉院でとれた野菜やくだものを送ります。お姉ちゃんのまわりの人たちにも、お姉ちゃんのおいしい料理をおすそわけしてあげてください。
 こんど、学校が休みになったら、一度お姉ちゃんの事む所に遊びに行きたいです。手紙で言ってた、“センパイ”や“先生”にも会ってみたいなあ。
 また、手紙送ります。お姉ちゃんがりっぱなべんご士になれるよう、おうえんしています。がんばってね!      真宵より』

 神乃木は、手紙を丁寧に畳んで千尋に返し、あらためてじっくりと味わうかのように、もう一口煮物を頬張った。

「……ね? いい子でしょう?」

 千尋は誇らしげに微笑んで、そんな神乃木の横顔をじっと見つめた。


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