里の秋/3



「ああ……素直で、可愛いコネコちゃんだ。こんな美味いもんが採れる里で、まっすぐ、たくましく育ってるのがよくわかるな」
「でしょう? きっと、私がこっちに出てきちゃって寂しい思いをしているはずなのに、そんなことは一言も言わないで、私を励まして……。だから、私も頑張ろうって思えるんです」

 決意を新たにするように、千尋は強い意志の宿った瞳で手元の手紙を見つめた。

 神乃木はそんな千尋の様子を見て、片頬を上げて軽く微笑みながら、大きな手を千尋の頭にポンと置く。

「アンタらしいな。だが、頑張ってばかりじゃ、息切れして結局休まなきゃならなくなっちまう。ふるさとのコネコちゃんが、手紙だけじゃなくて美味いものを一緒に送ってきた……ソイツは、頑張りすぎないで、たまには息抜きをしてくれってことだと思うぜ」

 そう言って、神乃木は猫をじゃらすように、千尋の頭を撫で回した。

「きゃっ!」
「アンタは、アンタなりにやりゃいいさ。向こうのコネコちゃんも、アンタが元気でいてやったほうが、嬉しいんじゃないのかい」

 千尋はくしゃくしゃにされた髪を直すと、妹の元気な顔を思い出すかのように、優しい微笑みを浮かべた。

「……はい。そうですよね……」
「それよりコネコちゃん……さすがのオレも、こんなにたくさんあるコネコちゃんの愛を独り占めするのは、ちょいと骨が折れるぜ」

 神乃木が、まだ半分以上中身の残っているランチボックスを指差す。

「手紙にも、『まわりの人たちにおすそわけしてあげてください』とあっただろう。ジイさんたちにも、コイツをオゴってやりに行っちゃあどうだい」
「あ、そうですね! でも、もうすぐ昼休み、終わっちゃいますから……後で、ひと休みの時間に持っていきますよ。他に、おやつも用意してきましたし」

 千尋は机の引き出しから、いそいそと大きな風呂敷包みを取り出した。

「…………。こりゃまた、随分豪快なデザートだな……」
「ええ。あの子、いつもそうなんです……自分がよく食べるから、何か送ってくれる時は、なんでもすごい量なんですよ」

 苦笑しつつも、千尋は嬉しそうに包みを開けてみせた。

 中には、つやつやと輝く大粒の栗と、キュッと身の締まった赤紫色のサツマイモが、両手いっぱいに抱えられるぐらい入っていた。

「……確かに、食いしん坊のコネコちゃんみたいだな。だが、コイツも美味そうじゃねえか」
「はい! 後でキッチンを借りて、食べる時に温めますね。アツアツに焼いたら、何も味付けしなくても、ほっこりしててすごく甘いんですよ」
「ああ、楽しみにしているぜ。こっちじゃ滅多にお目にかかれない、ホンモノの秋の味だからな」

 神乃木の言葉に、千尋が満面の笑みを浮かべる。
 と、ちょうどその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが事務所に鳴り響いた。

「いけない……お喋りしてたら、あっという間に時間が過ぎちゃいましたね。急いで片付けなきゃ!」

 慌ててランチボックスをしまおうとする千尋の肩を、神乃木は軽くつついた。

「おっと……小さいコネコちゃんの『頑張りすぎるな』ってメッセージ、もう忘れちまったか? アセらずいこうぜ、コネコちゃん」
「……はい! 頑張りすぎずに、頑張りますね!」

 元気な返事に、神乃木が満足そうに片頬を上げる。
 千尋がゆっくりとランチボックスをしまっているのを横目に見ながら、神乃木もデスクに戻って資料を開く。

 秋の午後。窓の外から差し込んでくるやわらかい陽射しが、二人の机に淡い影を映し出していた。


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 後 記 

単にうまいものの話が書きたくて書き始めた話だったんですが(^_^;、
終わってみれば、なんだか“兎追いし かの山”な方向に転がっていました。

たまにはテーマとかプロットとかきっちり消化しようなんて考えたりせずに、
ゆったりまったり日々の徒然を書くのも悪くないな……なんて気分です。
まさに、「ひとやすみ」そのものなお話だったかも知れません。

ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました!