聞き慣れたベルの音が今日最初の来客を知らせたのは、ちょうど、レコードをベニー・グッドマンに入れ替えた時でした。 おや、これは……お馴染みの方が一人と、初めていらっしゃったお連れの女性が一人。 「おっと……一人静かにスウィングを楽しんでるところを邪魔しちまったみたいだな、マスター」 「いえいえ、とんでもございません。良い音楽を気のおけない友人と分かち合う……これ以上の楽しみはございませんよ。いらっしゃいませ、神乃木様」 「そう言ってもらえると助かるよ。邪魔するぜ」 そうおっしゃって、神乃木様はいつもの席にお座りになりました。 お連れの女性は、神乃木様よりは少々お若いようですが、くるくるとよく動く瞳は聡明そうで、襟元には真新しい金色のバッジ……どうやら、神乃木様の後輩といったところでしょうか。 こういった店は初めてのようで、好奇心いっぱいの猫のような面持ちで、あちらこちらを興味深そうに眺めていらっしゃいます。 「こちらへどうぞ」 「あ……は、はい!」 私が神乃木様のお隣をご案内すると、ぼんやりとしていたのが礼を失したとでも思ったのか、あたふたと慌てて席にお着きになりました。そんな様子がなんとも初々しく微笑ましい……と、私が思わず顔をほころばせると、神乃木様も同じことを感じていらっしゃるようでした。もっとも、いささか変化球寄りの感情表現をお好みになるこの方らしく、軽く片頬を上げた横顔をお見せになっただけでしたが……。 「おいおい、コネコちゃん。バーひとつでそんなに緊張してるようじゃ、法廷なんざ、まともに立つこともできねぇぜ。いちおう、アンタも立派な星影法律事務所の弁護士さんだろ? たとえド素人同然の新米でも、な」 「あ、す、すみません! 私、こういうところって、初めてなんで……。あの、センパイ。今日はありがとうございます。新人歓迎会だけじゃなくて、こんな素敵なお店にも連れてきていただいて……」 「なぁに、気にするな。『明日は休みぢゃ、まだまだ呑むぞい! さあさあ、もう一軒ぢゃあ!!』とか抜かしているジイさんどもに付き合ってたら、キリがねえからな。付き合い酒は一次会でサッサと切り上げて、あとは飲りたいように飲る。そいつが、オレのルールだぜ」 神乃木様が口調を真似た“ジイさんども”の様子を想像なさったのか、彼女はクスッとあどけなく微笑みました。 「確かにあのまま付いていったら、きっと朝まで付き合うハメになるところでしたよね。ホント、ありがとうございます。……神乃木さんは、こちらにはよくいらっしゃってるんですか?」 「ああ、オレがまだアンタぐらいの頃、たまたまフラっと入って以来のお気に入りだ。落ち着いた雰囲気と、美味いカクテルと、粋なマスター。オレのとっておきの場所の一つ、だぜ」 「えっ……いいんですか? 私、お酒のこともよくわからないのに、そんな大切なところに連れてきていただいて……」 「なぁに、若いうちは背伸びしておくもんだ。何か間違えたら、カッコイイ大人がさりげなく正解を教えてくれる、こういう場所でな。そうだろう、マスター?」 おやおや、誉めていただけるのは嬉しいですが、こう面と向かっておっしゃられると、やはり少々面映いものですね。出しゃばるバーテンダーほど不粋なものもございません。……私は、ただ静かな微笑みとささやかな目礼を返すにとどめました。 「は、はい……よろしくお願いします!」 「こちらこそ。いつでも歓迎させていただきますよ、お嬢さん。……そう言えば、まだお名前を伺っておりませんでしたね」 「あ、私、神乃木さんの後輩で、綾里千尋っていいます! あの……素敵なお店ですね。シックなインテリアと、ちょっとモダンな感じの絵がとってもよく合った雰囲気で」 「恐れ入ります。あの絵は、私が趣味で集めているものでございましてね。気に入っていただけたなら何よりです」 私が絵のことを口にすると、神乃木様は、悪戯小僧のような表情で、綾里様から見えないように私に片目をつぶってみせました。おやおや……どうやら、何かちょっとした企みでもおありになるようですね。 |