「ああ、ここの絵はオレも気に入っている。シャレたセンスが……な。ところで、コネコちゃん。最初の一杯は、オレに任せてもらえねえか? コネコちゃんにピッタリの、美味いカクテルがあるんだ」 「え? あ、はい! 私、カクテルのこととか、全然分かりませんし……お願いします」 「よし、決まりだ。じゃあマスター、オレは、いつものヤツを。コネコちゃんには、『コネコちゃん』を頼むぜ」 ……さて。このような謎かけをいただいた時ほど、この仕事の楽しさを感じることはございません。幸い今回のお題は、神乃木様にしては珍しいぐらいにストレートなもののようですが……。 「……え? どういうことですか、神乃木さん?」 「おっと、答え合わせは後のお楽しみ、だぜ。なあ、マスター」 狐につままれたような綾里様の横顔を楽しそうに眺めながら、神乃木様は私の出す答えをお待ちになっていらっしゃいます。そして、私が取り出したいくつかのボトルを見て、満足そうに軽く片頬をお上げになりました。どうやら、合格点をいただけたようですね。 「お待たせいたしました」 しばしの沈黙の後、私がカウンターに差し出したのは、明るい緋色のカクテルを満たしたグラスと、薫り高いコーヒーの湯気がたちこめるマグカップでした。 「きれい……なんだか、珊瑚みたいですね……」 綾里様は、しばし自分の前に置かれたグラスをうっとりと見つめた後、神乃木様のカップを不思議そうに眺めておっしゃいました。 「あの、神乃木さん……『いつものヤツ』って、コーヒーなんですか?」 「……ああ。マスターのスペシャルブレンドは最高なんだぜ。ここでの最初の一杯は、コイツに決めてるんだ。バーだから酒を飲まなきゃいけないなんてルールは、どこにもねえからな。それよりマスター。コネコちゃんに、そのステキなカクテルの名前を教えてやってくれねえか」 ……なるほど。どうやら、神乃木様の仕掛けようとしている、ささやかなトリックが見えてきたような気がいたしますね。ここはひとつ、私も一口乗ることにいたしましょうか。 「かしこまりました。そちらは、『プッシー・キャット』……神乃木様がさきほどから貴女をお呼びになる時によくおっしゃっている、『仔猫ちゃん』という名前そのもののカクテルなのですよ」 「そういうわけだ。まあ、だまされたと思って一口飲ってみな。マスターのスペシャルブレンドも最高だが、カクテルも最高だってことがよくわかるぜ。さ、乾杯といこうか。」 「あ、はい……!」 「それじゃあ、まだまだ先になりそうな、コネコちゃんがオトナの猫になる日への一歩に」 神乃木様はそうおっしゃって、からかい混じりのウインクと共に、カップをお上げになりました。いつも思うのですが、このように気障な仕草がごく自然に決まる方というのは、そうそういらっしゃらないでしょうね……。 乾杯のフレーズにはほんの少し言いたいことがあるご様子でしたが、綾里様も、少々照れたような可愛らしい表情で、カクテルグラスをそっとお合わせになります。 チリンと澄んだ音が、まるで計ったようなタイミングで、レコードから流れるジャズとハーモニーを奏でました。 |