「……かしこまりました。こちらは、アイリッシュウイスキーをホットコーヒーで割ったもので、『アイリッシュコーヒー』と申します。実は、これも立派なカクテルなのですよ」 「ええっ!?」 「ああ。しかも、コイツはオレのスペシャルブレンドでな。砂糖もクリームも一切なし、さらにコーヒーよりもアイリッシュウイスキーの方が多いってシロモノだ。どうだい……なんなら、試してみるかい? ただし、帰り道の保証はしないけどな」 「……い、いえ。結構です!」 冗談とも本気ともつかない調子で神乃木様が片目をつぶられると、綾里様は先刻からかわれた時よりもさらに顔を赤くして、体ごとぶんぶんと首をお振りになられました。……初心なお嬢さんをからかう悪いクセは、相変わらずのようですね。 「まったく……見かけにだまされるなって言ったそばからコレだ。やっぱり、まだまだコネコちゃんだな」 神乃木様はそうおっしゃって、ようやく落ち着いた綾里様の額を、軽く人差し指でコツンとお突きになりました。綾里様はまるで鼻先を突つかれた猫のように、思わず眉間にキュッとしわを寄せて肩をすくめます。 ……このような時、バーテンダーのとるべき行動は一つ。店の背景にとけ込んで、空気を動かす野暮をしないよう心がけるまでです。 「……もう! いつか必ず、間違ってもコネコちゃんなんて呼べないような、立派な弁護士になってみせますからね!」 照れ隠しのように、綾里様はことさらに“弁護士”を強調なさって、まだほんのりと赤みの残る顔を横にお向けになられました。 「クッ……いつになることやら、だな。じゃあマスター、コネコちゃんのために、何かみつくろってやってくれねえか。オレのスペシャルブレンドよりはマイルドなヤツを頼むぜ」 「かしこまりました」 ……さて。今度こそ、バーテンダーの腕が問われるお題になりそうですね。 この好奇心旺盛で、経験はないながらもなかなかに聡明で、ちょっかいを出すとすぐにじゃれつく仔猫のように元気いっぱいの女性にふさわしいカクテルは、どのようなものか……。熱いコーヒーが入るまでに、あせらず考えることにいたしましょうか。 「ところで、神乃木さんが初めてここに来た時って、どういうきっかけだったんですか?」 「ああ、ソイツは話すと長くなるんだがな……」 お二人の話は、まだまだ尽きることなく続きそうです。 私は、レシピを思い浮かべつつ、いくつかのボトルとグラスを取り出しました。 どうやら今夜は、楽しい夜になりそうですね。そう、いつか、神乃木様が初めていらした日のように……。 |