「その……苦手なのか、ネズミ?」 どうにも気まずい空気で話すきっかけがつかめず、オレは、意味もなくそんなことを訊いてみた。 「あ、そんなことないですよ。よく実家で出たんですけど、つかまえて庭に放してあげるの、私の役目でしたから!」 「そうか……」 また、微妙な沈黙が流れる。 「あの……ゴメンなさいゴメンなさい! 私のせいで、その、迷惑かけちゃって……ほんと、すみませんでした!」 沈黙を破って、お嬢ちゃんは猛烈なイキオイで謝りはじめた。バネ仕掛けのおもちゃのように、ものすごい早さで何度もペコペコと頭を下げる。 「いや、まあ、わかってくれりゃいいんだが……その」 「は、はい!」 「できれば、きっちりファスナーを上げてからにしてくれねえか……」 「……あ! す、すみませんっ!」 またまた真っ赤になって、お嬢ちゃんは大慌てでスーツのファスナーを締めた。腕をギュッと胸の前で縮めて、それこそネズミの穴にでも入っちまえるんじゃねえかってぐらいに、背中を丸めて小さくなっている。 ……そんな様子を見てるうちに、不意に、可笑しさがこみ上げてきた。 そして唐突に、このお嬢ちゃんにそっくりの生き物が頭に浮かんだ。 「……コネコ」 「え?」 何の脈絡もない単語に、お嬢ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。 「……元気いっぱい走り回ってはあちこちぶつかって、大騒ぎしたかと思うと突然まん丸くなっちまって、ネズミ取りもバッチリ……アンタ今まで、コネコに似てるとか言われたことはねえか?」 「えっ!? い、いえ、特にありませんけど……」 「じゃあ、今オレが言ってやるぜ……お嬢ちゃんは、コネコちゃんにそっくりだ。そう言やさっきアンタ、『お嬢ちゃんはやめてください』って言ってたな……?」 ……そうだ。オレだって、存分に猫騒動に巻き込まれたんだからな。これぐらいの意地悪をさせてもらっても、バチは当たらねえだろうさ。 イヤな予感がしたのかみるみる不安顔になったお嬢ちゃんに向かって、オレはニヤリと笑って言い放ってやった。 「決めた。アンタが一人前になるまでの仮名は、“お嬢ちゃん”改め、“コネコちゃん”だ!」 今までの流れから、ある程度はオレの宣告内容を覚悟していたらしい。それでもコネコちゃんは、無駄だとわかっちゃいるようだが、精一杯の抗議をしてくる。 「ええっ、そんな! “お嬢ちゃん”より、もっと恥ずかしいじゃないですか!」 「異議は認めねえ。オレだって、一歩間違えりゃセクハラ犯に仕立て上げられるところだったんだからな。あの状況からカンタンにオレの無実を証明できるぐらいの弁護士になったら、他の呼び方を考えてやるぜ。さ、仕事を手伝ってもらおうか……コネコちゃん」 最後に思いっきり“コネコちゃん”を強調してやると、コネコちゃんはさっきの何倍もでっかい字でほっぺたに『横暴!』の字を浮かべたが、どうやら観念するしかないと悟ったようだ。 「…………はい。あの、何からお手伝いしたらよろしいでしょうか……」 「そうだな……」 さて、あわてんぼうのコネコちゃんを一人前にするには、どこから手をつけたらいいものか……ま、ゆっくりジャラしてやりながら考えるとするか。 とりあえず、当分退屈だけはせずに済みそうだな。 |