「それでは、新人諸君の前途を祝して、カンパイぢゃ!」 星影の音頭取りに応えて、乾杯の声とグラスが打ち鳴らされる音が部屋の中に響き渡る。 とある居酒屋の個室にて、星影法律事務所の新人歓迎会が始められる合図だった。 宴会好きの所長の独断で、よほどの用事がない者は全員参加となっているので、大型チェーン店の団体用お座敷が満員になる賑わいである。また、所長本人がすぐにできあがってしまう為、完全無礼講というのが暗黙の了解となっており、乾杯が済むやいなや、めいめいが好き勝手に飲み始める。部屋の中は、あっという間に喧噪に包まれた。 (まったく……毎度のことだが、面倒なハナシだぜ……) 付き合い酒の嫌いな神乃木にとって、この手の席ほどつまらないものはない。無礼講なのをいいことにさっさと隅の方に陣取って静かに飲もうとするが、主に女性の後輩や事務員に囲まれてしまうのも毎度のことだった。 内心うっとうしく思いながらも彼女らを適当にあしらっているうち、神乃木の目に入ってきた光景があった。 「あの、私、そんなにお酒強くないですし……そんなに気を使わないでくださいよ、センパイ方」 「いやいや、遠慮しないで。ささ、グーッと行って、行って!」 「そうそう、ウチは無礼講だから。こんな時ぐらい、ハメを外して楽しく飲もうじゃないか」 「うーん、イイねえ……なんか、こう、頬ほんのり桜色って感じで、実に色っぽい! ほら、今度はワシに酌をさせてもらえんかな?」 若手からベテランに至るまでかなりの人数の男に取り囲まれ、酌や質問攻めにあっている千尋の姿である。 (……どいつもこいつも、ハナの下伸ばしやがって。コネコちゃんもコネコちゃんだ……また無防備な格好で、野郎どもの目の保養になってるのに気付いてねえな) 神乃木に指摘されて以来さすがにスーツのファスナーはしっかりと締めているようだが、お座敷だというのに相変わらずのミニスカートで来ているものだから、きちんと座っていても太腿が丸見えである。ちょっとビールを注ぐために腰を浮かせたりすると、下着が見えそうになることもしばしばだった。 千尋が意識せずにそんな姿をさらすたびに、周りの男たちの視線が集中するが、本人はまったく気付いている様子がない。 そんな場面が繰り返されるのを見て、正直、神乃木は面白くなかった。 (あの野郎、またわざと遠くから酒を注がせて、コネコちゃんをイヤらしい視線のターゲットにしやがったな。……クッ。酒の席という言い訳を免罪符にして下司なマネをする奴らほど、腹の立つものもねえぜ) 「神乃木さん、どうしたんですか? さっきから、なんか、恐い顔してません?」 「そうですよー。私たちが話しかけても、なんか上の空って感じでー」 「……ああ、済まねえな。元々、こんなツラなんだ。お嬢ちゃんたちも、あの辺の若い連中あたりと飲んだ方が楽しいんじゃねえか?」 「やだ、冷たいなぁ。あたしたち、神乃木さんと一緒のほうが楽しいんですよぉ」 千尋の様子を見て、ただでさえ良いとは言えない機嫌が最悪に近い状態の神乃木に、周りの女性陣がかしましく話しかけてくる。 (……こっちは楽しくもなんともねえぞ。ったく……せめて、コネコちゃんをジャラして遊べりゃ、ちょっとは楽しくもなるんだがな……) そんな神乃木の本音をよそに、彼を取り巻いている女たちは、まだまだ解放してくれそうもなかった。 |