歓迎会/2



 宴もたけなわになりようやく神乃木が周りを振りきった頃、貸し切り部屋の中は、世の酒癖を残さず集めたようなすさまじい有り様になっていた。

 畳に転がって寝る者。相手が聞いていようがいまいが講釈を垂れている者。上機嫌で正体不明の歌を歌っている者。それに合わせて何故かサンバを踊る者。頼まれてもいないのに懺悔を始めて涙を流す者……。
 ある意味貧乏くじとも言える理性の残っている者は、神乃木を含めてせいぜい十人足らずというところだった。

(居酒屋勤めの奴に、『センセイと呼ばれる奴らほど酒の席でのマナーが悪い連中はいない』って聞いたことがあるが、まったくだぜ。これだから、酒の飲み方も知らねえ野暮な連中は……)

 神乃木は内心毒づきながら、部屋の中を見回した。千尋が、さっきまでの調子で酔いつぶされていたり洒落にならないセクハラを受けてでもいたら……そう思うと、気が気ではなかったのだ。

(……いた。どうやら、つぶされちゃいねえようだな)

 離れたテーブルに座って飲んでいる千尋を発見し、神乃木はひとまず安心した。
 しかしよく見ると、あまり安心とも言えないような状況らしいことに気がつき、すぐにまた眉間にしわを寄せた。

(あの若造……確か、コネコちゃんの同期だったな。……口説いてやがるのか?)

 千尋の隣には、千尋と同期で入所してきた、エリート風の若者が陣取っている。
 神乃木からは遠くて会話の内容までは聞こえないが、必要以上に密着して座っていることといい、何かにつけて肩や手に触れていることといい、明らかに下心の感じられる振る舞いだった。

(あの野郎、コネコちゃんが落ちて当然ってツラだな……気に食わねえ。そんなに自信があるなら、酒の力なんて借りずに堂々と口説いてみろってんだ)

 もっとも、よく見ると千尋のほうは相変わらず、自分がそのような目で見られていることなどまったく気づいていない様子である。

(まあ、コネコちゃんがあの調子なら、気にすることもねえんだろうが……。オレが見てねえ間もさんざんコナをかけられていたかと思うと、いちおう教育係兼飼い主としちゃあ、あまり面白くねえな)

 本当は千尋が口説かれていること自体が面白くなかったのだが、神乃木はそんなもっともらしい理由で自分を納得させた。
 後で軽く忠告でもしておこうか……などど神乃木が考えていると、千尋は席を立ち、そのまま部屋の外に出ていった。

(……ちょうどいい。帰ってきたら、うまいこと助け舟でも出してやるか)

 どうにか千尋が抜け出したのを見て、神乃木がホッと一息入れた……その時である。神乃木の目に、とんでもない光景が飛び込んできた。

 千尋の隣に座っている若い男が、千尋の飲んでいたカクテル ……居酒屋なのでたかが知れているとは言え、小さなグラスであるところを見ると強めのものらしい…… に、胸ポケットから取り出した目薬を混ぜこんだのである。

(……! 飲ませてどうこう、だと? オトコとして、最低のクソ野郎だぜ!)

 実際には効果があるわけではない迷信の類だと知っていたが、酔い潰して何とかしようというのが見え見えの行動なだけに、神乃木はその根性自体が許せなかった。

(……目には目を、だ。卑怯者には、それなりのプレゼントをさせてもらうぜ……)

 神乃木は素早く一計を案じ、店員を呼び止めて、いくつかのオーダーを耳打ちした。


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