歓迎会/6



「そうだな……。コネコちゃん、この後時間はあるか?」
「……え? はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ、静かなところで飲みなおすってのはどうだい? 残り時間はまだあるが、ここは、ゆっくり話をするって雰囲気じゃあねえからな。ちょうどこの近くに、行きつけのシャレたバーがあるんだ」
「えっ、いいんですか? 私、そういう所って行ったことないんですけど……。」
「なあに、そう肩肘張って行くようなところじゃねえさ。エンリョはいらねえ。じゃあ、決まりでいいな?」
「はい!」

 心底嬉しそうにうなずいた千尋を見て、神乃木も思わずつられて片頬を上げる。

(本当に、スナオなコネコちゃんだ。だからこそ、無防備で危なっかしくて、放っておけないんだけどな……)

 しかし神乃木は、そんな手のかかる後輩の世話を焼くことが、むしろ楽しいと感じていた。それに、話し足りなかったのは神乃木も同じである。

「……あら?」

 そんなふうに、次の店で何を話そうか……などと神乃木が考えていると、不意に千尋が声を上げた。

「どうした?」
「さっきの人……なんか、思いっきり床に伸びきってますよ。寝ちゃったんですかね?」

 千尋が指差したほうを見ると、確かに、例の若者が畳の上であお向けに寝転んでいた。真っ赤な顔をして大口を開け、すっかり酔い潰れたふうである。

「せっかく神乃木さんが作ってあげた特製のカフェオレ、効かなかったみたいですね」

 心配そうな様子の千尋に、神乃木は悪戯っぽく笑ってつぶやいた。

「……クッ。因果応報、ってやつかも知れねえぞ」
「え?」
「いや……単なる独り言だ。気にしないでくれ」
「はあ……」

 千尋は不思議そうな顔をしたが、神乃木は皮肉な表情を浮かべるのみで、それ以上余計なことは言わなかった。

(よし……うまくいったようだな。卑怯なマネの報い、ってやつだ)

 しかし心の中では、ひそかに計略の完璧な成功を祝っていたのである。

 実は、神乃木が千尋に持って行かせたカフェオレには、ウォッカをしこたまぶち込んであったのだ。
 ストレートのウォッカを注文してあらかじめ空いたガムシロップのポットに中身を移しておき、千尋の目の前で、いかにもカフェオレに甘味を足したかのように見せかけたというわけである。実際には効き目のない目薬と違って強いアルコールだから、効果はてきめんだった。

(汚い手を使おうとする奴には、身をもって自分のやろうとしていたことを味わってもらうまで、だぜ)

 神乃木は、皮肉っぽく微笑んだままグラスをかたむけた。

「……センパイ、どうしたんですか? なんか、妙にうれしそうですね」
「いや、大したことじゃねえさ。それよりコネコちゃん、もう一杯アイスコーヒーでもどうだい?」
「あ、いただきます! 今度は、ブラックでいいですからね」
「クッ……まだ根に持っていやがるのか? 一人前のオトコは、細かいことは気にしないもんだぜ」
「もう! 私、オトコじゃありませんってば。一人前でもないですけど……」

 店を移るまでもなく、物足りなかったぶんを取り返そうとするかのように、二人の話は途切れることを知らずに続いていった。

 事務所の歓迎会はもうすぐお開きだったが、神乃木と千尋にとっての楽しい夜は、まさにこれからだった。


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 後 記 

いやいや、またまた長くなっちゃいましたねえ(汗)。
予定では、この半分ぐらいで終わるはずだったんですが……。

ということで、ちょっと微妙なオトコゴコロの神乃木さんでした(^_^;。
ヤキモチってよりは卑怯者への義憤の方が大きいような気もしますが、
コネコちゃんに妙な真似をされて怒ったんだから、やっぱりジェラシーということで。

いつもだと千尋さんが可愛いヤキモチを焼く方が多いんでしょうが、
たまにはこんなことがあってもいいかな……なんて願望を込めて書きました。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました!