誓いの夜/2



「オレたちの戦いは、このスペシャルブレンドよりもキツくて苦いものになるだろう。それを承知で、立ち上がってケリをつけに行く。……それでいいんだな、千尋?」
「ええ。……そうするしかないんです。神乃木さんこそ、本当にいいんですか? 事務所のナンバーワンが、自分の担当でもない一つの事件を追いつづける……きっと、風当たり、キツくなりますよ」
「……クッ。オレは、オレのルールでしか動かねえ。わかっているだろう?」

 神乃木様は、誰にも止められないであろう強い意志を宿した眼差しで綾里様を見つめ、カップを掲げました。綾里様もそれに応えるかのようにしっかりと視線を受け止め、彼女の手には少し大きすぎるお揃いのマグカップを差し出します。

「お前と一緒に戦う。かまわないな?」
「……はい」

 たったこれだけのやりとりでしたが、その中には百の言葉でも語り尽くせない思いが込められていたに違いありません。

 お二人は、カップを目の高さに掲げて互いに頷き、同時に口をおつけになられました。そして、深く煎ったモカの苦さにも、ジェムソンのきつさにもためらうことなく、一気にカップをお空けになります。
 本来ならあまりお勧めできない飲み方でございますが、それは、お二人にとって必然の儀式だったのです。

 私はチェイサー代わりに氷で割ったブラックコーヒーをそっと差し出し、カウンターの奥に下がりました。



「法廷であれだけ取り乱しておいて、説得力ないかも知れませんけど……私、明日からは泣きません。泣くことさえできないぐらい傷付いたのに、もう二度と泣くことも笑うこともできなくなった人がいるんですから、私が泣いちゃ、ダメですよね……」

 そうおっしゃりながらも、綾里様は声を詰まらせて、目に浮かんでくるかすかな涙を懸命にこらえていらっしゃいます。

「ああ……泣くな。ケリをつける時まで、泣くな。……明日からは、な」

 もちろん神乃木様は綾里様の涙に気付いていらっしゃらない筈もございませんでしたが、あえて自分にも言い聞かせるようにそうおっしゃいました。

「はい……約束します。明日からは、絶対に泣きません」
「……それでいい。全てを終わらせたら、好きなだけ泣きな」

 綾里様は黙ってうなずき、浮かんだ涙をお払いになりました。
 ……しかし、強い瞳が物語る固い決心とは裏腹に再びうっすらと浮かんでくる涙が、揺れる心を否応なしに表しているようでした。



「神乃木さん……一つ、お願いしてもいいですか?」

 長い沈黙を破ってぽつりとつぶやいた綾里様の声には、いつになくはかなげな響きが感じられました。


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