「……おいしい! ほんのり甘酸っぱくて、まろやかで……。本当にこれ、カクテルなんですか? とっても飲みやすくって、なんだかお酒じゃないみたいですね」 綾里様は、ゆっくりと最初の一口を味わってから、子供のように素直な笑顔を浮かべてくださいました。これこそ、バーテンダー冥利につきる瞬間というものですね。 「さて、そこでコネコちゃんに問題だ」 「え?」 神乃木様はカップを傾けながら、おもむろに綾里様のほうに向きなおり、抜き打ちテストを告げる教師のようにニヤリと笑いながら言葉を続けます。 「弁護士ってのは、因果な商売でな。アツい視線で溶けちまうぐらいに証拠品を見つめて、そこに隠れていやがる真実ってっやつを見抜かなきゃならねえ。グラスの中で奏でられているシンフォニーを聞き分けるぐらいは、朝メシ前じゃないといけねえのさ」 「…………。あの、すみませんけど……もう少しだけ、分かりやすく説明していただけないでしょうか……」 おやおや、相変わらず、人を煙にまくような言い回しがお好きな方ですね。それなりに付き合いの長い私でも、時には真意をはかりかねることがあるぐらいですから……綾里様がそうおっしゃるのも、無理はないでしょう。 「簡単なコトだ。グラスの中のコネコちゃん……そのカクテルの、正体を当ててみな。タイムリミットは、オレのスペシャルブレンドが冷めちまうまでだ」 「ええっ……無理ですよ! 私、お酒のことなんかほとんど分からないのに……」 「じゃあ、もし当たりなら、明日、オレがうまいモカを飲ませるカフェで、ゴージャスなランチをオゴる。ハズレなら、明日の朝イチで、アンタがオレのために心をこめてうまいコーヒーを入れる。どうだい? これなら、悪いハナシじゃねえだろう?」 綾里様はちょっと困ったような顔で考えていらっしゃいましたが、ほんの一瞬ののち、きっぱりと神乃木様に向かってうなずきました。 「……わかりました。自信はないけど、がんばってみます!」 「クッ……。そうだ。ダメもとなら、迷うことはねえ。やるだけやってみることだ。可愛い尻尾を精一杯ふくらませてエモノに向かっていく、無鉄砲なコネコちゃん……キライじゃないぜ」 「もう! からかわないでくださいよ。絶対、当ててみせますからね!」 神乃木様は面白がっているのを隠そうともせずにニヤニヤと笑って、照れ隠しのようにプイッと横を向き、まっすぐにグラスを見つめている綾里様をじっとご覧になっていらっしゃいます。 なるほど、『コネコちゃん』ですか……。確かに、このお二人を見ていると、飼い主が振る紐に必死で仔猫がじゃれついているような光景が浮かんできますね。 |