初めてのバータイム/4



 綾里様は、最初の一口より何倍もゆっくりと時間をかけて、懸命に答えをお探しになられています。

「ううん……フルーツの香りがするし、こんなに爽やかで甘酸っぱいんだから、絶対にジュースは入っていますよね。じゃあ、何か果物のリキュールかしら? ……でも、それならもっと甘くて香りがきつくなるような気もするし……」

 おやおや、聡明そうな印象に違わず、なかなか勘はよろしいようですね。何より、一生懸命に考えるそのご様子が、簡単にはあきらめない意志の強さを表しており、ただ若くて可愛いだけではない女性であることをはっきりと感じさせます。

 『とっておきの場所だから』とおっしゃって、一人のんびりと夜を楽しむ時にいらっしゃることが殆どの神乃木様が、珍しく他の方を連れていらした理由も、何となくわかるような気がいたしました。

「だとしたら、口当たりが良くて香りもほとんどしないお酒が入っているのかしら? あの……神乃木さん。私、お酒の種類のこと、全然分からないんで……ちょっとだけ、マスターからヒントをいただいてもいいですか?」
「……手持ちのカードがない時に、うまい質問で情報を引き出すのも、いい弁護士の条件ってやつだ。まあ、いいだろうさ……。ただ、あんまりグズグズしてると、オレのカップが冷めちまう。だから、そうだな……チャンスは、一回だけだ。それならいいぜ?」
「…………。わかりました。それで構いません」

 厳しいな、という顔をされたのも一瞬のこと。綾里様は、どこか若い頃の神乃木様によく似た向こうっ気の強そうな視線を、堂々と投げ返されました。そして小首をかしげながら、たった一度のチャンスのために、慎重に言葉をお選びになっていらっしゃいます。
 しばしの沈黙の後、綾里様は私の目をまっすぐ見つめて、ゆっくりと口を開かれました。

「あの、マスター。本当は強いお酒なのに、飲みやすいからつい飲み過ぎちゃう、“レディキラー”って呼ばれるカクテルの話を聞いたことがあるんです。名前はわからないんですけど……そのカクテルが、どんなものか教えていただけますか?」
「おや、人聞きが悪いコネコちゃんだな。オレが、アンタにそんなものを飲ませようとしてるっていうのかい? オレのルールは、オンナを口説くなら堂々と……だぜ?」
「ち、違いますっ、そんな意味じゃありません! それに、私はマスターに聞いてるんです! 神乃木さんに聞いてるんじゃありませんっ!」

 神乃木様は、肩をふるわせて笑いをこらえながら、耳まで真っ赤にして全力で首を振る綾里様の顔を覗きこんでいらっしゃいます。……やれやれ。彼女をからかうのが、楽しくて仕方ないようですね。

「あまりお嬢さんをからかうものではありませんよ、神乃木様。……それはそうと。綾里様がおっしゃっているのは、おそらく、『スクリュードライバー』のことでしょうね。ウォッカをオレンジジュースで割ったものなのですが、そのように呼ばれることもございます。ウォッカは、味も香りもほとんどクセがないのに、アルコール度が高いですから……オレンジジュースの甘さに下心を隠して、意中の女性に勧める殿方もいらっしゃる、というわけです」
「そうですか……。あの、他に、クセのないお酒って……」

 綾里様がさらに言葉を続けようとするのを、神乃木様は軽く指を振ってお止めになりました。

「おっと……質問は一つの約束だぜ、コネコちゃん。さあ、答えてもらおうか。グラスの中で遊んでる『コネコちゃん』の正体を……」
「えっ、もう終わりですか? あ、あの、私……他のお酒のこと、全然知らないんですけど……」
「ああ。アンタの最初の質問に、マスターはカンペキに答えてるぜ。もし続きを聞きたきゃ、最初から『クセのない酒にはどんなものがあるか』とでも訊いておくんだったな。……まあ、とっさにスクリュードライバーのことを思い出したあたり、センスは悪くねぇ。手持ちのカードで、やれるだけやってみな」
「は、はい……」

 綾里様は、口元に手をやって、必死に考えてらっしゃるご様子でした。しばらくの後、どうやら結論をお出しになったようです。口頭試験に答える学生のように緊張した表情ではありましたが、しっかりとした声で語り始めました。


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