初めてのバータイム/5



「ええと……私、このカクテルを一口飲んだとき、とても爽やかな酸っぱさと、ほんのり甘いまろやかさを同時に感じました。とても一つのフルーツだけでは出せない、ふくらみのある味を……。だから、ベースになっているのは、二つ以上のジュース。そこに、あまりクセのないお酒がほんの少しだけ入ってるんじゃないかな、って思ったんです」

 なるほど……カクテルを飲むのが初めてだとは思えないぐらい、筋のいい推理ですね。神乃木様も、なかなか満足そうなご様子で聞いていらっしゃいます。

「ここからは、完全に当てずっぽうになっちゃうんですけど……ベースのジュースは、橙色とピンクを合わせたような色と味から、オレンジとパッションフルーツ。そこに、ウオッカをほんの少しだけ。スクリュードライバーみたいに強いものじゃないと思います。だって神乃木さんは、レディーキラーのカクテルでどうこう……なんて、卑怯な真似をする人じゃありませんものね」

 おや……ささやかながら、ミゴトな反撃ですね。神乃木様も、苦笑いしていらっしゃいます。

「クッ……こいつは一本取られたかな。それに、よく考えたじゃねえか。さすがに満点とはいかなかったが、コネコちゃんにしちゃ、上出来だ。……努力賞ってところだな。ということでマスター、正解を教えてやってくれるかい」

 片目をつぶって神乃木様はおっしゃいました。さて……種明かしの時間と参りますか。

「かしこまりました。オレンジ・パイナップル・グレープフルーツのジュースに、色づけのグレナデンシロップを数滴……これらをシェイクして、出来上がりでございます。僭越ながら、私から見ても素晴らしい感性かと存じます。初めてでそれだけ考えられる方など、そうそういらっしゃいませんよ」
「そ、そうですか、ありがとうございます……」

 綾里様は、慌てたようにちょこんと頭をお下げになられました。及第点は取れたらしいという安堵と、まだ何かが引っかかっているかのような複雑さが入り混じった面持ちです。

「…………。あの、すみません。一つ聞いてもよろしいですか?」

 不安そうに切り出す綾里様を横目に、神乃木様は『そら来た』とでもおっしゃっているかのような、皮肉混じりの表情を浮かべられました。してやったり、というところなのでしょう。

「はい、いかがなされましたかな?」
「グレナデンシロップって、リキュールか何か……ですか?」

 どうやら、神乃木様の思惑通り……というわけですね。いよいよ、種明かしの本題に入るときが来たようです。

「“お酒”という意味でリキュールとおっしゃっているなら、そうではございませんね。ザクロの果汁にシュガーシロップで甘味をつけたもので、赤い色を出したり甘さを加えるときに使われます。アルコールは入っておりません」
「えっ……じゃあ、これって、お酒はまったく入っていないんですか?」
「さようでございます。この『プッシー・キャット』は、お酒を飲めない方でも楽しむことのできる、ノンアルコールカクテルなのですよ」
「ええっ!?」

 私がそう申し上げると、綾里様は、まったく予想していなかった正解に目を丸くなされました。そして、ちょっぴり頬をふくらませて、軽い抗議の表情をお見せになられます。

「ズルいですよ、センパイ。カクテルって言うから、お酒だと思ったのに……なんか、引っかけ問題みたいじゃないですか」
「……クッ。オレは、そいつの中身を当ててみろとは言ったが、酒だとは一言も言わなかったぜ? むしろ、最初にハッキリしたヒントを出していたはずだ。『コネコちゃんにピッタリのカクテル』だ……ってな」
「そんなぁ……」
「じゃあ、逆に聞くぜ。アンタは、なんでコイツがアルコールだと思ったんだ?」
「え……?」

 ハッとしたように黙り込む綾里様を見つめる神乃木様の目は、いつの間にか、仔猫をかまって遊んでいる飼い主のものから、後輩に大事な事を伝えようとしている先輩の視線に変わっています。


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