初めてのバータイム/6



「そりゃ、シャレたバーでキレイなグラスに注がれた“カクテル”が出てきたら、誰だってソイツは酒だと思っちまうだろうさ。だが、コネコちゃんはその可愛らしい舌で、実際にその“コネコちゃん”の毛並みを確かめた。そして、たしか初めにこう言ったはずだな……『飲みやすくて、お酒じゃないみたい』だ、と。ならどうして、最初の一口で感じた通りに考えなかった?」
「…………!」
「そう。……アンタはミゴト、それらしい見てくれに飾られた罠に引っかかったってわけさ。せっかく、まぐれにしちゃ出来すぎのヤマ勘でいいところまで来ていたのに、先入観ってやつに縛られて、わざわざ正解から遠ざかっちまったわけだ」

 厳しい言葉とは裏腹に、神乃木様はどこか優しい横顔を綾里様に向けながら、自分のコーヒーカップを傾けてお続けになられます。

「いいか、コネコちゃん。物事がすべて最初から見えている姿のままなら、オレたちの仕事は要らねえ。この“コネコちゃん”を、バーで出されたキレイなカクテルとしてか、酒だとは思えないぐらい口当たりのいい飲み物としてか……どんな角度から見るかによって、その毛色はどうにでも変わって見える。だからと言って、“コネコちゃん”自身が変わるわけじゃねえ……“コネコちゃん”は、“コネコちゃん”であり続けるだけだ」

 綾里様は、さきほどカクテルの中身を考えていた時と同じぐらいの真剣な眼差しで、じっと神乃木様のお話を聞いていらっしゃいます。

「“コネコちゃん”の本当の姿を見極めるために、ありとあらゆる角度からアツく見つめて、自分の目に映った真実を見つけだす。オレたち弁護士に求められているのは、そういうコトなんだぜ。証拠品っていうのは、手強い美人みたいなもんでな……必ずしも、初めから本性を見せてくれるとは限らねえ。だが、一つだけ厄介なオンナと違うことがある。証拠品は、絶対にウソをつかねえのさ……見る目のない奴に誤解されることはあっても、な」

 どこか自分自身にも言い聞かせるような神乃木様の言葉を聞いて、綾里様は静かに、でも力強い目をしてうなずかれました。

「……はい。ありがとうございます……私、今日のお話、ずっと忘れません」
「なあに。偉そうに言っちまったが、オレだって、初めてこの店に来たときはアンタと同じドシロウトだったんだ……ついでに言やあ、今の話だって、マスターの受け売りみたいなものなんだぜ?」

 ……はて。私は、そのような話をした覚えはないのですが。

「恐れ入りますが、神乃木様。私は、ただのマスターでございます。そのように難しいお話をしたことなど、記憶にございませんが……?」

 そう申し上げますと、神乃木様は、片目をつぶっておっしゃいました。

「ああ、確かに直接聞いたわけじゃねえさ。だが、オレが初めてここに来たとき、マスターは話してくれたじゃねえか……この店にある、シャレた絵のヒミツを、な」

 ……なるほど。そういうことでございましたか。

「そういうわけだ。コネコちゃんにも、ちょいと教えてやってくれるかい。あの柱からオレたちを見つめているレディの、もう一つのカオを……」


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