「どうぞ、オジサマ!」 ほどなく、彼女の手には少し大きなお盆に二つのカップを載せ、春美は応接室に戻って来た。 そして、ゴドーの前にはなみなみと注がれたマグカップを、自分の前には少し小さなカップと砂糖とミルクを置き、向かいのソファにちょこんと腰掛ける。 「コネコちゃんが心を込めてオゴッてくれた一杯……ありがたく、いただいちゃうぜ。それで、なんだい。このオレに、聞きたいことってのは……」 春美の細やかな気遣いに応えるかのように、ゴドーはカップをゆっくりと傾け、心づくしのコーヒーをじっくりと味わった。 そして、成歩堂あたりにはまず見せないであろう柔らかな表情で、小さな質問者の発言を優しく促す。 「それは、あの……。オジサマは、千尋さまのことを……愛して、いらっしゃったのですよね」 「…………!」 思い切って口を開いた春美の言葉を聞き、ゴドーがかすかに身じろぎする。 「あ! その……もしかして、うかがってはいけないことでしたか? も、申し訳ございません……!」 動揺というものを滅多に見せることのないゴドーの異変を、春美は敏感に察知した。 目を大きく見開き、小さな両の手を口元に寄せ、物凄い勢いで頭を下げ、自らの失言を懸命に謝罪する。 そんな彼女を見て、ゴドーは再び身体の緊張を解き、彼なりに精一杯の優しさを込めたであろう微笑みを浮かべた。 「……いや、構わねえさ。ただ、一つだけ訂正させてもらえるかい」 「は、はい!」 「『愛していた』……そいつは、昔のことを言う時に使うセリフだ。バカなオトコは……そう簡単に過去を振り切れるほど、器用じゃねえのさ」 少し寂しげに、しかしきっぱりと。 過去形の言い回しを訂正して、今なお心の内にある想いをかみしめるかのように、ゴドーはゆっくりと部屋の中へ視線を巡らせた。 その目に映っていたのは、己の目で見ることは叶わなかった“彼女”が居るこの部屋の幻か、はたまた彼自身の奥底に眠る“彼女”の記憶か……ゴーグルに遮られた瞳からは、うかがい知ることはできなかった。 「……申し訳ございませんでした。わたくし、オジサマのお気持ちも考えずに、軽はずみなことを……」 子供とは言っても、恋愛に興味津々な春美である。ゴドーの様子から彼女なりに察するところは色々とあったようで、再び春美はしょんぼりとうなだれた。 「おっと……お嬢ちゃんに、そんなカオをさせるつもりはなかったんだ。こちらこそ、済まなかったな」 ゴドーはそんな春美の頭に手を置き、元気づけるようにぽんぽんと軽く撫でながら、その顔に笑みを戻す。そして、気を取り直すように軽く一息つき、春美と目線を揃えられるぐらいの高さまで身を屈めて語りかけた。 「……それで、コネコちゃん。ただオレとアイツの思い出話を聞くためだけに、この一杯をオゴッてくれたわけじゃないんだろう?」 ゴドーの問いに、春美がこくんと頷く。彼女が何か言いかけるのに先んじて、ゴドーは言葉を続けた。 「そうだな……何か、大きいコネコちゃんのことで、相談したいことがある。そんなところじゃねえか?」 「あ……当たりです! どうしてわかったのですか?」 春美が目をぱちくりと瞬かせる。 言おうとしていたことをまさに言い当てられた、といった様子の彼女を満足げに眺め、ゴドーはマグカップを一口あおった。 「たいしたことじゃねえさ。コネコちゃんがいつも一番に考えているのは、大きいコネコちゃんのこと……そいつは、オレのカップにはいつもコーヒーがあるのってのと同じぐらい、ハッキリしていることだからな」 「……やっぱりオジサマは、何でもお見通しなのですね。すごいです!」 「クッ……。よせやい、テレちまうぜ。それで……大きいコネコちゃんのために、アイツの何を聞こうとしたのか。……話してくれるかい」 「はい!」 春美はゴドーに尊敬と賞賛がたっぷり詰まった視線を向け、無邪気な笑顔を浮かべる。 言葉とは裏腹に、ゴドーは照れもてらいも無く彼女の賛辞を受け止め、さらなる話の続きを促した。 |