ナイショのお話/3



 ミルクと砂糖を入れたコーヒーに口をつけながら、春美はぽつぽつと話し始める。

「……あの、オジサマ。今日のことも、そうなのですけど……なるほどくんは、真宵さまがお一人でいらしても、まったくお気になさる様子がないのです。愛しい方とは、いつでも一緒にいたいはずなのに……。それで、オジサマが千尋さまとおつきあいしている間のことを、お聞きしたいと思いまして……」

 話に区切りをつけ、春美は問いかけの目線をゴドーに送る。
 彼はコーヒーを大きく一口飲み干して、半分ほどまで中身の減ったマグカップを春美に向け、おもむろに語りかけた。

「……コーヒーの飲み方を聞くなら、コーヒーを飲んでいたヤツに聞く。お嬢ちゃんの判断、間違ってねえぜ」

 法廷よりは随分とマイルドだったが、ゴドー得意の決めポーズである。
 久しぶりにそれを見たのが嬉しかったのか、春美は目を細め、上機嫌な様子でにこにこしている。

「ありがとうございます。なにぶんわたくし、こういうことをお聞きできる殿方が、周りにいないものですから……。なるほどくんのことを、なるほどくんには相談できませんし」
「ああ。……だが、あくまで成歩堂は成歩堂で、オレはオレでしかねえ。そして、成歩堂のことを決められるのは、成歩堂の奴本人だけだ。そのつもりで聞いてくれ」
「はい。お願いします!」

 春美は元気良くうなずき、ゴドーの話が始まるのを待つ体勢に入った。
 ゴドーはそんな彼女に優しく笑みを向け、丁寧に言葉を選びながら話し始める。

「……そうだな。確かに……オレと千尋は、成歩堂と大きいコネコちゃんに比べりゃ、一緒にいることが多かっただろうな」
「ええ、そうでしょうとも! だって、オジサマと千尋さまは、ウンメイの赤い糸で結ばれて……」

 春美がうっとりとゴドーを見つめる。
 恋に恋する憧れに満ちたあどけない眼差しを心地良さげに受け止めて、彼は話を続けた。

「……ああ。ただな、コネコちゃん。オレたちは、お互い四六時中二人でいたいと思っていたかっていうと……そういうわけでもねえのさ」
「えっ?」

 とても意外なことを聞いた、といった風情で、春美がきょとんとした表情を浮かべる。
 ゴドーは軽く片頬を上げ、少し皮肉な……それでいて優しげな微笑みを浮かべ、話の核心に切り込んでゆく。

「オレとアイツには、共に『やるべきこと』があった。同じ目的に向かって進んで行くためにお互いベストを尽くして、気がついたらいつも一緒にいた。そうだな……相手に道を合わせようとしたってより、いつの間にか、互いの道が一つに合わさっていた。そういう方が、しっくり来るかも知れねえな」
「そうですか……」

 懐かしむように、かみしめるように語られる、“彼女”の記憶。
 彼の言葉を一言も聞き逃すまいとするかのように、春美は真剣な面持ちで聞いている。

「オレたちは……もちろん、お互いにお互いが特別で、何より大切な相手だったことに変わりはねえが……それと同時に、『やるべきこと』のため戦う、一人前の人間同士でもあった。だから、お互いのカオしか目に入らないよう、ただじっと見つめ合うんじゃなくて……二人で同じ方向を向いて、同じものを見ていた。ときには、少し離れた場所を歩きながら、な。二人でベタベタくっつくことにかまけて、一番大切なことを忘れない……そいつが、オレたちのルールだったのさ」

 ゴドーが大きく一息つき、冷めかけたコーヒーを一気にあおる。
 それは、話に区切りがついたことを表す仕草でもあった。


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