ファースト・インパクト/2



「今日からお世話になります、綾里千尋と申します。田舎から出てきたばかりでまだまだ分からないことばっかりですが、どんなに難しそうな事件でも、一度決着がついたように見える事件でも、絶対にあきらめないことだけは忘れずに頑張ろうと思います!」

 第一印象は間違ってなかったようだ……経験も知識もまだまだゼロだが元気だけは誰にも負けない、ってところか。まあ、変に頭でっかちの半可通より、自分が何も知らないと分かってるだけマシだろう。月並みだが、今後に期待ってやつだ……今は何とも言えねえ。


 ……そんなことを考えながら聞いていたとき、『それ』は起こった。


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

 お嬢ちゃんが元気良くシメの挨拶をして、キレイなロングヘアーがバサッと逆立つ勢いで思いっきりおじぎをした瞬間。
 ただでさえ大胆に胸元の開いたスーツが、そのまま重力の法則通り真下に落ちた。当然の論理的帰結として、今まで布で覆われていたスペースには空間ができるわけで……


 早い話、立派なバストが丸見えだ。


 DかEぐらいか……サイズがゴージャスな割に、ソイツを覆っている可愛らしいピンクのブラジャーは地味なデザインだな……いやそれ以前に、キャミソールぐらいは着たほうがいいんじゃねえか……

 ラッキーのどうのとか思う以前に、そんなどうでもいいことばかり頭に浮かんできた。どうやら人間ってやつぁ、あまりにも唐突なことが起こると、妙に冷静になっちまうもんらしい。
 さりげなく周りの連中の様子をうかがうと、眼福にあずかったのはオレだけじゃなかったようだ。どいつもこいつも、同じように間抜けヅラを並べている。

「?」

 お嬢ちゃんは、何が起こったかまるっきりわかってないようだった。顔を上げるとスーツの胸元も元通りになって、何事もなかったように列に戻り、式の進行をお行儀良く待っている。

 オレたちの何とも言えない微妙なツラを見回して、ジイさんは一瞬“何かあったんぢゃろうか?”とでも言いたげな顔をしたが、お嬢ちゃんと並んでいるジイさんにことの次第が分かるわけもない。
 その後は特に何かハプニングが起こるでもなく、毎年変わらねえ手順が滞りなく進んでいった。


 それにしても、無防備なお嬢ちゃんだ。

 たぶん、自分の顔や体を武器にするなんてことは夢にも思ってねえだろう……それができるだけのものは持っているにもかかわらず、だ。賭けてもいいが、それなりにコナをかけてくる野郎がいても、まったく気づきもしないに違いない。

 どうやらこのお嬢ちゃん、意思も強そうだしアタマだってそう悪くはなさそうだが、どこか抜けているタイプなのは間違いないようだ。世に言う“天然”のサンプルとして学会に提出したら、さぞ有意義な研究対象になるだろう。


 オレはそんなふうに、イヤでも強烈な印象をプレゼントしてくれたお嬢ちゃんのことを考えながら、同僚の挨拶を聞き流していた。自分の挨拶も例年のごとく適当に済ませ、今年の仕事始めも、あとは新人教育の担当発表でお開きということになった。

 星影のジイさんが、オレたちを見回しておもむろに口を開く。

「ふむ……それでは、今年の新人担当を発表することにするかの。襟糸くんの担当は、月村くん。寺道くんの担当は、美空くん。綾里くんの担当は、神乃木くんぢゃ。くれぐれもよろしく頼むぞい。新人担当となった諸君は、早速オリエンテーションに入ってくれたまえ。それでは、これにて本年度・星影法律事務所の仕事始めはお開きぢゃ!」

 ジイさんの号令で、処理中の案件を抱えた奴は資料の整理に、ヒマしている奴は雑用にと、皆一斉に散っていく。

「あの……神乃木さん、ですよね? よろしくお願いします!」

 そしてオレの前に、例のお嬢ちゃんが屈託のない笑顔で駆け寄ってきた。


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