ファースト・インパクト/3



「ああ……こちらこそよろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」

 目に焼きついた例の絵ヅラを懸命にアタマの中から追っ払いながら、オレは極力平静を装って挨拶を返した。もっとも、かなりの確率でそいつは要らねえ努力だっただろう……この鈍感なお嬢ちゃんは、オレがあからさまにうろたえて目をそらしたところで、たぶん一生その原因には思い至らないはずだ。

 とりあえずオレは、二階にある書斎に …… 一応この事務所は、山のように事件を抱えている奴には専用の部屋を用意してくれる程度には儲かっているのが救いだ …… お嬢ちゃんを案内した。


「こちら、神乃木さんのお部屋なんですか?」
「まあ、そんなもんだ。お嬢ちゃんは、そっちの机を使ってくれ」
「あ、はい! ……あの、ところで。すみません……」

 お嬢ちゃんは元気良く返事をした後、気になっていたが言い出せないことを思い切って言い出そうとしたが、やっぱり言えない……とでもいう感じで口ごもった。
 ……らしくないな。何だ?

「ええと、その……“お嬢ちゃん”は、ちょっと恥ずかしいんで……できれば、名前か苗字でお願いしたいんですけど……」

 ああ、なるほどな……だがあいにく、そいつはできねえ相談だ。オレはお嬢ちゃんに、きっぱりと言ってやった。

「すまねえが、そいつは聞けねえな。ちゃんとした名前で呼ぶのは、一人前と認めた奴だけ……そいつが、オレのルールだぜ。もしお嬢ちゃん呼ばわりがイヤだってんなら、とっとと一人前になることだな」
「そんなぁ……」

 横暴よ! とでっかく書かれた困り顔で、お嬢ちゃんはうらめしげにオレの目を見た。……上等だ。先輩ってのは、ちょっと恨まれるぐらいで丁度いい。

 ……そうだ。恨まれついでに、ちょいと忠告してやるか。これからしょっちゅう一緒に行動するはめになる以上、毎度まいど目のやり場に困るのはゴメンだからな。

「ま、そういうことだ。ところでお嬢ちゃん、ちょっとここに立ってもらえねえか」

 オレは、部屋の壁に立てかけてある大きな鏡の前を指した。

「……?」

 お嬢ちゃん呼ばわりはもうあきらめて受け入れることにしたらしいが、今度は意味不明の指示にとまどっているようだ。それでもお嬢ちゃんはとりあえず、素直に鏡の正面に向かって立った。

「よし、いいコだ。じゃあ次は、さっき朝礼で披露してた、元気なおじぎをやってみな」
「……??」

 ますます意味がわからねえ、か。……まあ、そりゃ当然だな。

「それで、顔だけ正面に上げるんだ。……どうだい? 何か、気づかねえか?」
「え? …………???」

 お嬢ちゃんは言われるままに深く腰を折ったまま顔だけ上げて、鏡の中の自分を見つめた。鏡越しに、今朝のサービスショットがベストアングルで再現される。

 ……しかし。信じられねえことに、このお嬢ちゃんは、この期におよんで何が問題なのか、まったくわかっていやがらねえようだ。
 こりゃあ……ミもフタもなくキッパリ言ってやるしかねえのか? できればオレとしては、初日からセクハラ野郎のレッテルを引き受けるのはご免なんだが……。

「あの、すみません……。私、いつまでこうしていればいいんでしょうか……?」

 何とも言えない微妙な間が過ぎて、とうとうお嬢ちゃんがしびれを切らした。

 ……ガッデム。いつまでも固まっているわけにもいかねえ。
 オレは深呼吸一発、カクゴを決めた。


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