……給湯室に小走りで飛んでいったコネコちゃんの後ろ姿を見送りながら、オレは資料を机の上に置いて、ちょいとひと息入れた。 (いつもほど元気良く噛みついてこないから、張り合いがねえな。夜行性なのか、ゆうべのマタタビが残ってやがるのか……。それにしても、なんでも言ってみるもんだ。ま、オレのハッタリを見抜くのは、まだちょいとばかりコネコちゃんにゃ荷が重いだろうけどな) ゆうべ、オレらしくもねえ矛盾をバーでポロっと吐いちまったんだが、コネコちゃんは全然気づかなかった。これ幸いと寝起きで頭が回ってねえ時を狙ってみたら、まんまと引っかかってくれたってわけだ。 元々一人でさっさと片付けるつもりでいた調べものだから、大して手間のかかるもんじゃない。 本当はコネコちゃんに手伝ってもらうまでもないんだが、なんとなく、ジイさんどもがバッカスと語らってる頃合いに一人で事務所に行くのも味気ねえ気がして、ダメもとで電話してみたらいつの間にかこうなっていた。 自分のペースで気ままに動くのが好きで、ツルんでどうこうってのはどうにも性に合わねえオレだが、ことコネコちゃんに関しては例外なのかも知れない。こんな風に仕事にかこつけて休日に呼び出すなんざ、普段のオレじゃ考えられないことだ。 だからと言って、オンナとして興味があるのかっていうと、ちょいと違うような気がする。昨日のボウヤみたいな不届き者から守ってやりたいとは思うが、それはどちらかと言うと、保護者の心境に近いものだ。 やっぱり、今のオレにとってのコネコちゃんは、自分のものにしたいオンナというよりゃ、大事に手元で飼っていたいコネコなんだろう。 逆に、コネコちゃんはオレのことをどう思ってるんだろうか……なんてことを考えているうちに、待ちかねていた薫りが漂ってきた。どうやら、コネコちゃんが約束を果たして戻ってきたようだ。 「お待たせしました。『ココロをたっぷり込めた、スペシャルブレンド』です」 皮肉のつもりなのか、オレが言ったのと一字一句違わないブレンド名を強調して、コネコちゃんはカップを差し出した。オレはあえて気づいてないフリをして、何食わぬツラで受け取ってやった。 「ああ、ありがたくいただいちゃうぜ。コネコちゃんも、目覚ましに一杯やったらどうだ?」 「……はい」 誰のおかげでモーニングコーヒーを飲んでくる暇もなく出てくるハメになったと思ってるんですか、とくっきり書いてあるツラで、コネコちゃんも自分の席でカップに口をつける。 それにしてもコネコちゃんの表情は、ガキ向けの漫画なみに読みやすい。……こりゃあ、教育科目にポーカーフェイスの特訓を組み込まねえとな。 「じゃあ早速で悪いが、このメモにあるキーワードに関係ありそうな資料をまとめてくれ。ゆっくりコーヒーを飲みながらで構わねえぜ」 「わかりました。付箋、ありますか?」 オレがそう言ってファイルの束を渡すと、コネコちゃんはそれまでのご機嫌ナナメなツラから一転、仕事モードのてきぱきした顔つきに変わった。こういうところは、さすがのオレも皮肉抜きで優秀だと思う。 裏表がなくて、きまじめで、素直で、ヒトを疑うことを知らない。 コネコちゃんが入所してきてまだいくらも経っていないが、オレのプロファイリングは、たぶんそんなに間違っちゃいねえはずだ。 人の性格ってやつは、それぞれ長所と短所がウラオモテだ。コネコちゃんの良さを引き出すには、どうしてやるのがいいか……そんなことも考えつつ、オレもスペシャルブレンドを飲みほし、調べものに戻ることにした。 |