個人面談/2



「貴方の去年の武勇伝、読ませてもらったわよ。随分、やんちゃをしてきたみたいね」

 神乃木は片頬を上げて、「だから?」とでも言いたげに千尋の顔を見下ろしている。

「でも、それでわかったことがあるの。貴方は、確かに優等生とは言えないかも知れないけど……バカでも、悪人でもないわ」

 千尋の言葉に、神乃木は心底可笑しそうに皮肉な笑みを浮かべた。

「クッ……こいつは、お笑いだな。前科がいくつあるかすら覚えてねえオレをつかまえて、ワルじゃねえだって? センセイよぉ……お人善しもほどほどにしねえと、そのうち痛い目見るぜ」
「あら、私は別にお人善しなんかじゃないわ。ただ、色眼鏡をかけないで物事を見るようにしているだけ。だから、あなたを『問題児』としてしか見ていない先生方が書いたこの記録も、そういう先入観を持たずに読んでみたの。そうしたら、他の先生方が言うあなたとは、ちょっと違う姿が見えてきたような気がするのよ」

 千尋は神乃木の目の前に例の分厚いファイルを突き出し、ページをめくってみせる。

「たとえば、これ。『6月29日、2−A 宇在拓哉に対して暴力行為。被害生徒は打撲等全治一ヶ月。事情を聞くも、不真面目な受け答えに終始』……覚えているかしら?」

 記録を見せられた神乃木は、被害生徒の写真を一瞥するなり、鼻で笑った。

「だから、言っただろう? 前科がいくつあるかも覚えていねえんだ……一年近く前に殴ったヤツのことなんざ、今更覚えちゃいねえぜ。おおかた、コイツの変質者じみたツラが気に食わなかったんだろうさ」

 確かに写真の生徒は、不潔で油ぎった肌の感触が伝わってくるような、何とも言えない気持ち悪さ漂う外見をしていた。
 千尋は、その的確すぎる表現に苦笑いしつつも、言葉を続ける。

「そうね……もしかしたら、それも間違ってないかも知れないわね。でも、本当の理由は、そんな単純なものじゃないはずよ。これを見てくれるかしら?」

 千尋は、彼の見ているファイルとは別に、数枚の紙を取り出した。
 「生徒相談室記録」と書かれた用紙には、名前の塗りつぶされた相談内容が何件か並んでいる。

「去年の6月頃、複数の女生徒から、色々と相談があったの。“更衣室の窓から誰かが覗いていた”とか、“水泳の授業中にカメラのフラッシュが光った”とか……。特に、あなたがこの事件を起こした数日前からは、目立って増えているわ。それも、スクール水着や下着を盗まれるような、悪質なケースが急に……ね」

 神乃木は、退屈そうな表情を隠そうともせずに、千尋の話を聞き流しながら渡された紙を眺めている。

「セコい話だな。オンナ一人口説けない、最低の童貞野郎がやることだ。いくらオレでも、そこまで腐っちゃいねえぜ」
「ええ、そう思うわ。そしてきっと、一年前のあなたも同じように考えたんじゃないかしら」
「……どういうことだ?」

 自信たっぷりに言い切る千尋の思惑を計るように、神乃木は目を細めた。
 睨むような視線にも動じずに、千尋は言葉を続ける。

「でも、あなたが例の事件を起こした次の日から、この手の相談はぴったり止まっているの。きれいさっぱり、一件も……よ」

 神乃木は、そう言って自分の目をじっと見つめる千尋をはぐらかすように、ひねくれた笑みを浮かべて横を向いた。

「何を言い出すかと思えば……オレが、最悪なオンナの敵をとっちめる為に、正義の鉄拳を振るったってのかい?」
「……違うかしら?」
「どこまでもおめでたいセンセイだな。人助けなんて、オレのガラじゃねえぜ。オレは、コイツが気に入らなかったからぶっ飛ばした……それだけ、だろうさ。第一、コイツが覗きや下着泥棒の犯人だって証拠はあるのかい」
「残念だけど、客観的な証拠はないわ。状況証拠としてはかなり強力だけど……ただ、それだけよ」

 千尋の言葉を聞いて、神乃木はそれ見たことかと言わんばかりに顎を上げて彼女を見下ろした。

「クッ……証拠もねえのに、偶然一つで人を正義の味方呼ばわりか。所詮アンタも、何か起こると一番にオレを疑う連中と変わらねえな。単に、方向が逆ってだけじゃねえか」

 神乃木の辛辣な皮肉が、千尋をまっすぐに突き刺す。しかし千尋は怯むどころか、いよいよ美しく、ふてぶてしく微笑んだ。

「確かにこれだけなら、単なる偶然かも知れないわ。でもね、神乃木君……“単なる偶然”が一つじゃなかったら、どうする?」
「…………。何が言いたい?」

 急に鋭さを増した神乃木の眼光を受け止めて、千尋の瞳も獲物を捉えた山猫のように妖しく輝いた。

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