千尋はさらにファイルをめくり、たたみかけるように言葉を続ける。 「9月にあなたが他校生とトラブルを起こした少し前には、うちの生徒がそこの生徒から襲われる被害が相次いでいた。10月にあなたから暴行を受けた男子生徒は、短い期間に交際を噂されている女生徒が何人も入れ替わっていた。同じく10月頃あなたに賭け麻雀で賭博の被害に遭ったと訴えてきた中年男性は、去年卒業した生徒……それもその後、下級生への恐喝が発覚して処分を受けていた生徒の父親だった。まだまだあるけど……もう、充分だと思うわ。とにかく、あなたが事件を起こした前後を調べてみると、かなりの確率で被害者に関するトラブルが浮かび上がってくるのよ」 千尋の追求に、神乃木は彼女に負けないぐらいふてぶてしく笑ってみせた。 「アンタ、センセイより探偵のほうが向いてるんじゃねえか? よくもまあ、そこまで調べあげたもんだ……確かにそれだけ色々並べたてりゃ、随分もっともらしく聞こえるな。けどよ、センセイ……どれも、関係あるってハッキリした証拠がないことに変わりはねえだろ。やっぱり、単なる偶然さ」 「一つだけなら、それで済ませられるかも知れないわね。でも……二つ以上偶然が重なったなら、それはもう“単なる偶然”じゃないわ」 「…………!」 神乃木のふてぶてしい笑みが、一瞬固くなる。 隙を逃さず斬りつけるかのように、千尋は椅子から立ち上がって、優しく神乃木の肩に手を置いた。 「神乃木君、あなたは正義の味方じゃないかも知れないけど……少なくとも、自分の中に何か一本筋の通ったルールを持って行動しているでしょう。そういう骨のある男の子って……私、素敵だと思うわよ」 「よしてくれ。オレは、そんな大層なモンじゃねえ」 鬱陶しそうに横を向いた神乃木に、千尋はさらに追い討ちをかける。 「あら、急にムキになったわね。図星?」 「……オレは、オレのやりたいようにやってるだけだ」 動揺を押し隠すように、神乃木の声は低く抑えられていた。しかしその声が微かに揺れているのを、千尋は聞き逃さなかった。 「神乃木君……『照れくさい』って、顔に書いてあるわよ」 「…………! いい加減にしてくれ。オレは、からかわれるのも買いかぶられるのも、真っ平ご免だぜ」 「からかっても、買いかぶってもいないわ。だって、本当のことでしょう?」 千尋は目を逸らしている神乃木の顔を覗き込んで、正面からじっと見つめる。 真っ直ぐな瞳に吸い込まれたかのように、神乃木は身動きひとつしない。 「どう思われようと構わないって突っ張りながら、自分の道を貫くのも格好いいけど……誤解されたままでいるのは、勿体ないと思うわ」 「余計なお世話だ」 「そう、私はおせっかいなの。だから、あなたの話が聞きたいのよ」 「何度も言ってるけどな……去年のことなら、話すことなんか何もないぜ。そこに載っている記録が全て、さ」 どうやら神乃木は、見せかけだけでも余裕を取り戻しつつあるようだった。ひねくれた表情で片頬を上げ、間近で自分を見つめている千尋を睨み返す。 しかし千尋は、艶っぽささえ感じさせる優雅な微笑みで、突き刺さるような彼の視線を柔らかく包み込んでしまった。 「あら、最初に言わなかったかしら? 私が話したいのは、これからのことよ」 「これからのこと?」 「ええ。きっとあなたは、今年も色々と『やりたいように』やるんでしょう?」 「クッ……わかってるじゃねえか」 「私はその時、ただあなたを呼び出して、やったことを注意するだけで終わらせたくないの。あなたが“どうして”そうしたのか、ちゃんと考えられるようにしたいのよ」 「……そりゃ、仕事熱心なことだな。で? そのために、オレに何を聞こうってんだ?」 神乃木の返事は、言外に“まともに答える気などない”とはっきり言っているのがわかる、からかうような響きのものだった。 千尋は一歩も退かないきっぱりとした口調で、それに答える。 「あなたの『ルール』を。あなたにとって、何が許せなくて、何が筋の通ることなのか……教えてくれないかしら」 「お断りだ。自分の主義主張をペラペラ喋るオトコ……カッコつかねえぜ」 「全てを教えてくれなんて言わない……話してもいいことだけでいいの。秘密を守ることも、ちゃんと約束するわ」 「アンタがそのつもりでも、このドアの外で誰か盗み聞きしてる奴がいないって言い切れるのかい?」 「それなら、大丈夫。そのために、わざわざこの部屋に来てもらったんだから」 「…………?」 「ここは、音楽練習室よ。防音なら、カンペキだわ。だから、私が喋らない限り誰にも内容が漏れたりしない。……どうかしら? 何か、差し支えないことだけでも話してくれないかしら。……ね?」 一気に勝負を決めるかのように、千尋は子供をあやす母親のような優しい視線で、神乃木をじっと見つめた。 千尋の慈愛に満ちた微笑みに、神乃木は一瞬ひるんだような顔をした。しかし次の瞬間、ニヤリと唇の端を歪め、千尋に向き直る。 「じゃあ……一つだけ、教えてやるぜ。オレのルールを、な」 自分でも予想していなかった素直な答えに、千尋が顔を輝かせる。 神乃木はそんな千尋に皮肉な一瞥を投げかけると、不意を突くように千尋の顎に手を触れ、いきなり立ち上がった。 「…………! か、神乃木君……どうしたの?」 それには答えず、神乃木は千尋の肩に手をかけ、ドアの真横にある壁に彼女の身体を押し付けた。 驚きに固まっている千尋の間近に顔を近付け、神乃木が囁く。 「別に、オレに限ったルールじゃねえだろうけどな……『据え膳食わぬは男の恥』って言葉、知ってるかい?」 「し、知っているけど……どうして、今この状況で……んっ!」 返事の代わりに、神乃木は千尋の耳たぶを柔らかく吸い上げた。 思わず、千尋の口からかすかな声がこぼれる。 「シンプルなハナシさ。思春期真っ只中の野郎にゃ目の毒なぐらいスタイル抜群の女教師、不純異性交遊の前科持ちな男子生徒、わざわざ防音バッチリな密室を選んだ呼び出し……この三題噺の正解、誰がどう見たってこういうコトだろ」 「そんな! 私、そんなつもりじゃ……!」 慌てて抜け出そうとする千尋の動きをなんなく封じたまま、神乃木の手は千尋が身につけている薄手の服越しに、身体を上から下になぞってゆく。 「しっかり胸元を強調した真っ白なブラウスに、キレイな脚を見てくださいと言わんばかりのミニスカート……誘うつもりが無いにしちゃ、随分刺激的な格好じゃねえか。説得力ないぜ」 「……! 神乃木君、言ってることが無茶苦茶よ!」 神乃木の手が触れてくるのを必死で声を抑えて耐えている千尋に、神乃木は不敵な笑みを浮かべ、低い声で自信たっぷりに宣告した。 「さあな……無茶苦茶かどうかは、すぐにわかるだろうさ。これからアンタの身体に訊いてみりゃ……な」 |