「あ、どうぞ!」 盃を置く間もなく、横から徳利が差し出される。 神乃木が周りを見渡すと、いつの間にか、毎度のごとく女たちに取り囲まれてしまっていた。 「ああ……済まねえ。オレは手酌で飲るから、構わないでくれ」 一応の礼儀として酌を受けつつ、神乃木は取り巻きから抜け出そうと試みる。 「そんな、遠慮しないでくださいよー」 「そうそう、私たち、この旅行に神乃木さんが来てくれるの、すごく楽しみにしてたんですよ!」 しかしいつも通り、彼女たちは解放してくれるつもりはないらしい。 どうやら、邪魔者抜きの貸し切り旅行を勝負の時とこころえているのは、男たちだけではないようだった。 よく見れば、周りを取り囲んでいるどの女たちも、普段より服や化粧に数段気合いが入っている。 「でも、珍しいですよねー。忘年会や新年会も、忙しくて来られないことが多いのに……」 「そういえば神乃木さんって、慰安旅行参加するの、初めてじゃないですか?」 「……ああ」 「回覧で『参加』にマルがついていたのを見て、びっくりしちゃいまいしたよ。どうして今回に限って……って」 彼女が期待を込めた熱い視線を投げかけるのを横目で見て、他の女たちも負けじと秋波を送ってくる。 「……たまたま予定が空いていただけだ。深いイミはねえさ」 神乃木は内心うんざりしつつ、愛想のないいらえを返した。 普段の彼なら意味ありげな台詞の一つぐらいはサービスするところだが、今の神乃木には、そんな余裕もなかった。 もっとも、好意のフィルターがかかった彼女らの目にはその無愛想な様子さえ“クールで格好いい”と映っていたに違いなく、神乃木の思惑通りには行ってそうもなかった。 「そうだ、神乃木さん、知っていますか? ここの旅館、温泉がすごくいいんですよ!」 「あ、そうそう! 露天風呂の眺め、最高なんです!」 「よかったら、後で一緒に行きませんか? 内湯は別々なんですけど、露天の大風呂は混浴なんですよ」 女たちの視線がますます熱く、獲物を目の前にした狩人のような鋭さを帯びる。 どうやら彼女らの狙いの肝は、その一点にあるようだった。 「……オレは、お嬢ちゃんたちの楽しいバスタイムを邪魔するつもりはないぜ」 「邪魔なんてこと、ないですよ!」 「今日は天気がいいし、きっと、気持ちいいですよ」 神乃木が体よく断ろうとしても、彼女たちはなかなかあきらめない。 付き合いの悪い神乃木がこのような席に来ることなど、次はいつあるかわからない。皆それを承知しているだけに、どうあっても引くつもりはないようだった。 (……混浴、か。ガキじゃあるまいし、そんなもんでどうこうって気なんか起きねえぞ。あのへんのオヤジでも誘ってやったほうが、よっぽど有り難がられるだろうに……) 神乃木は内心毒づきつつ、ふと気になって千尋のほうを見やった。 (…………!) 案の定というべきか、どうやら、そちらでも同じような光景が繰り広げられているようだった。 喧噪にまぎれてはっきりとは聞き取れないが、『温泉』『露天風呂』などといった単語が、切れ切れに神乃木の耳に入ってくる。 (アイツら……サイテーのセクハラ野郎ども、だぜ!) 神乃木は思わず、周りを囲んでいる女たちのことなどすっかり忘れて、勢いよく立ち上がっていた。 |