「コネコちゃん……顔が赤いな。結構、飲まされちまったんじゃねえか?」 ほんのりと酔いの残る顔をした千尋がそばに来るやいなや、神乃木は心配になって思わずそんな言葉をかけた。普段の彼なら皮肉の一つも言うところだが、神乃木は自分自身でも驚くほど素直な気持ちになっていた。 「はい、センパイ方につかまっちゃって。ほんとは、ずっと神乃木さんとお話したいと思ってたんですけどね」 「そうか……とりあえず、酔いざましにこいつを飲りな」 千尋の寄せてくる無邪気な好意が本当は嬉しかったのだが、照れ隠しにあえてクールな表情を作り、神乃木は千尋の前にグラスを置いた。 「何ですか、これ?」 「アイス・オーレだ。甘くてミルクたっぷりだから、ブラックはちょいと苦いっていうコネコちゃんにもピッタリだぜ」 「もう、子供あつかいしないでくださいよー。でも、ありがとうございます」 千尋はちょっとだけ膨れた顔を見せたが、酔いざましのカフェオレは素直に有り難かったようで、おとなしくストローに口をつけた。そして、グラス半分ほどを一口で飲み干した後、火照っている頬に冷たいグラスを当てて、気持ち良さそうにしている。 (子供あつかいするな、か。まったく……コネコちゃんそのものじゃねえか) そんな千尋のあどけない様子を見て、神乃木は皮肉混じりの笑みを浮かべるしかなかった。 「無邪気なコネコちゃん……キライじゃないぜ。ただ、近寄ってくる人間ってやつは、いつもエサをくれたり、アタマをなでてくれるだけとは限らねえぞ。気をつけないと……いい人に見えるネコさらいに捕まっちまうぜ」 「……え?」 「分からなけりゃ、まあいいさ」 神乃木は自分のグラスを傾け、心の中でそっとひとりごちた。 (それなら、飼い主が目を離さなけりゃいいんだからな……) そんな神乃木の内心を知ってか知らずか、千尋は小首をかしげてじっと神乃木の顔を見ている。 「……ところで。さっき、同期のヤツにずいぶん長いことつかまってたな。どんな話をしてたんだ?」 その男に口説かれていたことも、それに千尋はまったく気づいていないことも承知のうえだったが、神乃木はあえて聞いてみた。 「あ、お話していたっていうか、あの人のお話をずっと聞いていたみたいな感じだったんですよ。司法研修所でトップを取った時のこととか、お父さまもお祖父さまも弁護士で自分も期待されてたって話とか、車は外車じゃないと落ち着かないとか……。で、そんな自分にふさわしい女の人を見つけないとって、ずいぶん悩んでいたみたいなんです。だから私、いつかきっとそんな人が見つかりますよ……って、いっしょうけんめい励ましてあげました!」 千尋はそう言って、褒めてくださいと言わんばかりに胸を張る。 「クッ……そうか。そりゃ、いいことをしたな」 懸命にステータスをちらつかせて千尋をなびかせようとしているのに、全然相手にされずムキになっていたであろう若者の様子を想像すると、神乃木は可笑しくて仕方がなかった。 「そう言えばあの人、さっきは星影先生とお話してたみたいですね。やっぱり、期待されているんでしょうか?」 「……さあな。まあ、楽しそうに飲んでたし、いいんじゃねえか?」 神乃木は内心ニヤリとしつつも、自分が星影をけしかけたことなどおくびにも出さずにしらを切った。 |