「あの……お邪魔します……」 千尋は、妙にかしこまった仕草でソファに腰かけた。まるで面接試験を受ける受験生のように膝をきちんと揃えて背筋を伸ばしてオレと向き合っている様子は、千尋と初めて会った時のことを思い出させる。 違うのは、ここが事務所の所長室ではなく、オレが住み処にしているマンションのリビングだということだ。 マスターに促されて店を出てきてから、何処に行こうという話もしないまま、いつの間にかここに着いていた。 「ああ……まあ、楽にしててくれ」 気まずいというわけじゃないが、話すきっかけがつかめなかったので、オレはそう言ってキッチンに引っ込んだ。そして、いつも通りにコーヒーメーカーのスイッチを入れる。 久しく使っていない客用のカップと砂糖・ミルクをどうにか探し当てた時、ちょうど二人分のコーヒーが入った。ソイツを手にリビングに戻ると、千尋は、楽にするように言ったにもかかわらず、姿勢を正したままでお行儀良くオレを待っていた。 「ほら、まずはコイツで一息入れな」 千尋の前にカップを差し出すと、千尋は小さくうなずいてオレのスペシャルブレンドに口をつけた。何かしてやりたいのにどうすればいいか分からずこうして反応を伺っていると、なんだか、拾ったコネコにミルクをやっているような気分になる。 「ありがとうございます。……やっぱり、おいしいですね」 いつものように元気いっぱいとはいかないが、それでも千尋はほんの少しだけ落ち着いたようだった。 「……良かった」 「…………?」 「少なくとも、コーヒーの味がわかるぐらいの気力は戻ってきたみたいだな。……隣、いいか?」 「あ、はい……」 オレは自分のカップを置き、千尋の隣に腰をおろした。 「約束だからな。明日まで、必ずそばにいる。……そばにいることしかできないけどな」 「いえ、そんな……すみません」 「おっと、『すみません』も『ありがとう』もナシだ。これは、オレが好きでやっていることだぜ。礼を言われる筋合いはねえさ」 何か言うと泣いちまいそうだったんだろう。千尋は、黙ったままうなずいた。そしてそのまま、オレの肩に軽くもたれかかって目を閉じる。 きっと色々なことが頭の中を回っていたはずだが、千尋はそのままじっと動かず、ただオレに寄り添ったままでいる。 千尋が今一番望んでいるのは、オレが静かにそばにいることだけだ……根拠はなかったが、肩に触れるぬくもりから、はっきりとそう伝わってきたような気がした。 約束を守ろうと頑張っている千尋の姿は健気で愛しく、何度も抱きしめてやりたいという思いに駆られたが、それは一人前になるために戦っている、千尋自身の決意を邪魔することに他ならなかった。 オレは、何も余計なことは言わず、ただそこに居つづけた。 |