そのまま、どれだけの時間が流れただろう。 張りつめていた空気は少しづつ穏やかなものになってゆき、オレの腕にあずけられた千尋の体は、だんだん重く感じられるようになってきた。 このまま眠れるならそれが一番いい。 だが、疲れきった心と体を休めるのに、毛布ひとつかけずに腰掛けたままってわけにもいかねえ……そう思って、声をかけようとした時だった。 「神乃木さん……」 千尋が、ゆっくりと目を開いた。涙のあとは残っているが、ここに入ってきた時よりも、ずっと落ち着いた顔になっている。 「少し、うとうとしていたみたいです。はじめは、色々なことが頭の中を回ってどうにかなっちゃいそうだったんですけど……そのたびに、『こうして神乃木さんがいてくれるから大丈夫だ』って思い返していたんです。そうしたら、だんだん気持ちが楽になってきて……」 千尋は言葉を切って、オレの目をまっすぐに見つめた。その瞳から悲しみの影は消えていなかったが、何があってもあきらめない強さの光が、かすかに戻ってきているように見えた。 「『ありがとう』は無しだ、って言ってましたけど……でも、言わせてください。ありがとうございます。神乃木さんがいてくれたから、私……きっと、今日は大丈夫です」 オレは、もう一度千尋の目を見た。ほんの少し強がっているのは間違いなかったが、ウソでもなさそうだった。 「そうか。……眠れそうか?」 「ええ……神乃木さんがそばにいてくれるなら、きっと」 「ああ、もちろんだ。必ず、そばにいる」 千尋は、安心しきった子供のように素直な笑顔を向け、軽くうなずいた。 その真っ直ぐな瞳も、オレに完全な信頼を寄せていることがわかる無邪気な微笑みも、傷付いているのに心配させまいと頑張っている気丈な姿も……そんな千尋の何もかもが、どうしようもなく愛しかった。 この腕に抱きしめれば、もっと千尋に安らぎを与えることができるかも知れない。しかしそうしてしまうと、正直、理性を抑える自信がなかった。 もしそうなったとしても、千尋はあらがわないかも知れない。いや、むしろ、絶対に拒まないだろうという確信があった。 だが、千尋は今、傷付き、心が弱っている。 共に戦う同志として認め、法廷で名前を呼んだ。そしてその時、女としてもオレの中で大きな存在になっていたことに気づいた……そんな大切な相手の、弱味につけ込むような真似はしたくなかった。 「あの……神乃木さん? どうかしましたか?」 ……自分ではそんな葛藤なんざ顔に出しちゃいなかったつもりだったが、隠しきれていなかったようだ。 こういう機微にはとんと疎い千尋に感付かれるようじゃ、オレは相当な間抜け面をさらしていたんだろう。そもそも、支えてやろうとしている相手に心配させるなんざ、シャレにもならねえ。 「いや、どうもしねえ。心配しないでくれ。……じゃあ、そろそろ寝るか?」 「……はい」 「わかった。ちょいと味気ない部屋だが、ガマンしてくれ」 オレは頭をフル回転させて、お互いの為に一番良い方法を考えた。そんなオレの気持ちを知ってか知らずか少し緊張した様子の千尋を、オレはベッドルームに案内した。 |