窓から差し込んできた明かりに目を覚ますと、千尋はオレの隣で静かな寝息を立てていた。 千尋を起こさないようにそっとベッドを抜け出して、いつものヤツを淹れるために、キッチンに足を向ける。 コーヒーメーカーのスイッチを入れてから、オレは馴染みの青い箱から一本取り出し、火を点けた。 煙をくゆらせながら、オレは、色々なことがありすぎた昨日のことを、ゆっくりと思い返した。 飼い主のお節介で様子を見に行った法廷で起こった、信じられないような出来事。 オレ自身も気持ちの整理ができないままに連れていったいつもの店での、厳しい道のりを共に歩く誓い。 約束を守るためだけに連れてきたはずが、偶然とも必然とも知れない運命で確かめあうことになった、お互いの想い。 ……そして今オレは、身も心も結ばれた愛する女のことを思いながら、こうしてコーヒーを淹れている。 ポットにいつもより一杯ぶん多いコーヒーがたまったのを見届け、オレは煙草の火を消した。 ちょいと行儀が悪いが、たまにはベッドで飲むモーニングコーヒーも悪くない。 オレは二つのマグカップを手に、千尋の待つ寝室へと戻った。 「あ、おはようございます……」 オレが部屋に戻ると、千尋はあお向けに寝転んだまま、ベッドの上でぼんやりとしていた。オレの顔とマグカップを見て、ゆっくりとシーツから身を起こす。 「ああ。よく眠れたか?」 差し出したカップを受け取りながらうなずいた千尋は、しばらくオレの顔をぼうっと見つめ続けた。 「……どうした?」 「あ、いえ……。夢じゃなかったんだなあ、って思って……」 どうやら、千尋もオレと同じようなことを考えていたらしい。オレはベッドに腰掛けて、千尋の額に軽く目覚めのキスをした。 「夢じゃねえさ。あんなにアツい夜が、夢だったんじゃ困る」 「……もう!」 ゆうべの乱れっぷりを思い出したのか、千尋は頬を真っ赤にしてマグカップで顔を隠した。そして、照れ隠しのように思いっきりコーヒーをあおる。 オレはそんな千尋の頭を撫でながら、隣で目覚めの一杯を楽しむ。 しばらく、そのまま静かに時間が過ぎていった。 「……あっ! 大変……もう、こんな時間!」 突然、千尋が時計を見て、慌てた声を上げる。 時計の針は、十時を少し回ったところだった。 「どうしよう、急いで着替えないと……あ、その前に、事務所に電話しなきゃ! 他に、えっと……」 オレは、一人で盛り上がっている千尋の額を軽くつついた。 「……千尋、何を慌ててるんだ?」 「何をって……そりゃ、遅刻に決まってるじゃないですか!」 ……やっぱり、知らずに勘違いしているらしい。オレは誤解を解くため、千尋に向き直った。 「その心配はねえ。星影法律事務所は、事件のカタがついた次の日は、担当者は公休だ。知らなかったか?」 「……え?」 「そういうことだ。千尋は今日、大手を振って休んで構わねえんだぜ」 オレの言葉を聞いて千尋は、一気に拍子抜けしたようにカップを下ろした。 「そう、だったんですか……。あ……、でも……」 不意に、千尋が顔を曇らせて言葉を濁した。 言いたいことは、察しがついた……オレは、後を引き取って言葉を続ける。 「ああ……どんな形であれ、あの事件には、カタがついちまった。もう二度と、同じことで裁くことはできねえ」 「…………」 「だが、カタはついても、ケリはついてない。だから、オレたちはこれから一緒にケリをつけに行く……そうだろう?」 「……荘龍!」 千尋は、マグカップをサイドテーブルに置いて、オレの胸に飛び込んできた。その背中をしっかり抱きとめ、さらりと流れる髪を撫でながら、オレは耳元で囁いた。 「そのためにも、今日はゆっくり休むことだ。このままのんびり過ごすのもいいし、どこかに出かけるのもいい。オレは、千尋のしたい事に付き合うぜ。……お望みなら、ゆうべの続きを好きなだけ、っていうリクエストでも……な」 「…………!!!」 片目をつぶって軽口を叩くと、千尋はまたまた首まで真っ赤にして、必死で可愛らしい照れ隠しをぶつけてくる。 オレはそれを軽くいなして、ベッドから立ち上がった。 「どうするにしろ、まずはエネルギーが必要だ。今日は特別に、オレの特製ブランチをオゴらせてもらうぜ」 「あ、そんな、私、手伝います!」 「いいから、ゆっくりシャワーでも浴びてきな。たまには、男の手料理ってのも悪くないもんだぜ」 千尋はまだ何か言いたそうにしていたが、どうやらおとなしく世話を焼かれることに決めたようだ。クローゼットの上に置いてあるタオルに身を包み、バスルームへと向かっていく。 オレは、どんなものを作ろうかと楽しみに考えながら、キッチンに戻る。 今日のことは、その時にでも考えればいいだろう。 そして、明日からのことは、また明日からイヤというほど考えていけばいい。 オレたちは今、同じ目的のための一歩を、共に踏み出そうとしていた。 |