Pledge:千尋/10



 私の胸は、一つになれる幸せに満ちあふれた。
 その一方で、ほんの少しだけ心の片隅に引っかかる、小さな不安があった。

 初めて男の人と結ばれるときに感じるという、避けて通れない痛み。

 どの程度のものなのかはわからないけど、少なくとも全然痛くないことはないだろう……それを思うと、幸せなはずの気持ちに、かすかな曇りが出てくる。

 荘龍は、そんな私の不安に気づいてくれたようだった。私の全身を包むように抱きしめて、優しく囁いてくる。

「……すまねえが、最初はちょっとばかり痛い思いをさせちまうはずだ。オレを信じて、力を抜いていてくれ……」

 私は荘龍の首に腕を回して、ありったけの信頼を込めたキスをした。
 そして、自分でも見たことのない私の一番奥深いところを、愛する人を迎え入れるために開いていく。

 荘龍は、少しでも痛くさせないように気遣ってくれているのか、ゆっくりと用心深く熱いものを押し当ててくる。
 正直、思っていたよりも大きく感じられる感触が少し怖かったけど、この人を受け入れたいという願いに気持ちを集中して、私はできる限り身体を開いていった。

「千尋……愛している。今からオレたちは、一つだ……」
「荘龍……」

 愛する人と一つになる……そう思えば、どんな痛みだって耐えられると思った。
 私は思いを込めて愛する人の名前を呼び、その身体を強く抱きしめた。

 荘龍は、優しいキスで私に応えた。
 そして、触れあっている身体の奥深くから、ゆっくりと私の中に入ってくる。

「…………!」

 身体を貫き通されるような痛みが、全身に走る。
 私は思わず、荘龍の身体にすがりついた。荘龍は、そんな私を優しく抱きしめる。

 覚悟していたよりはいくらかましだったとはいえ、荘龍が身体を進めてくるごとに、やっぱり強烈な痛みが身体を通り抜ける。

 でも、痛みと同時に、身体の結びつきを通して感じられる、確かなものがあった……触れあっている身体の奥深くから、荘龍の気持ちが流れ込んでくる。
 はっきりとはわからなかったけど、私を愛しているという大きな思いが、私の心に直接響いてくるようだった。

 私はふと、ある懐かしい感覚を思い出した。

 ……霊媒。
 倉院の里で何度も経験した、もうこの世にない人の魂を降ろす行為。それは、自分の身体の中に、見知らぬ誰かを受け入れることだった。
 身体を通じて思いが流れ込んでくるこの感覚が、久しく忘れていた世界を思い出させた。

 ただ、今感じていることには、たった一つだけど大きな違いがある。

 霊媒は、身体の中に誰かを受け入れたら、自分はどこかにいなくなってしまう。
 でも今は、流れ込んでくる荘龍の私への思いと、彼を受け入れたいという私の思いが、一つになって溶け合っているのがはっきりと感じられる。

 私は今、心も身体も一つになる幸せを経験している……そう思うと、だんだんと痛みも軽くなってくるような気がした。

 ふと気づくと、荘龍は身体の動きを止め、私を心配そうに見下ろしていた。

「私達……ひとつになったの?」

 痛みや色々な思いで、まだ頭がぼうっとしている。そんな私に、荘龍は優しい微笑みを向けてうなずいた。

「ああ、そうだ……オレたちは、今、一つになっている。……千尋、大丈夫か?」

 まだ完全に大丈夫とは言えなかったけど、一つになる幸せを思えば何でも乗り越えられる。私は首を横に振って、できる限りしっかりとした声で答えた。

「今はまだちょっと痛いけど……でも、平気。荘龍のしたいようにして……」
「千尋……」

 まだ心配そうにしている荘龍に、私は軽く微笑んで言葉を続ける。

「だってさっき、私が気持ち良くなったら、荘龍も気持ち良くなったでしょう? だからきっと、荘龍が気持ち良くなったら、私も……」

 安心させるための嘘じゃなかった。今こうして結びついているところから気持ちが混じりあっているなら、きっとそうなるはずだ。

「……わかった。じゃあ、行くぜ」

 荘龍はうなずいて、ゆっくりと動きはじめる。
 同時に、痛みとさっきまでのような気持ち良さが混じったような、強い感覚が私をゆさぶってきた。

「荘龍、……ん、っ……愛してる……はぁ、んっ!」

 私は、荘龍に目一杯身体をあずけて、動きを受け止める。

 だんだん、私が言った通りのことが起こり始めているようだった。
 結びついた部分から、荘龍が気持ち良くなっているのが伝わってくる。それに合わせるように、私の奥深くからも熱いものが込み上げてくるのが感じられる。

「オレもだ、千尋……愛している……」

 荘龍も、それは同じなのかも知れなかった。動きは次第に激しさを増してゆき、私の中には、私のものだけじゃない熱さが満ちてくる。

「ひぁん、はぁ……っ、荘龍、……あぁ……ふぅ、ん……っ!」

 もう痛くないから、思いっきり荘龍のしたいようにして……そう言いたいけれど、私も気持ち良くなりすぎて、まともな言葉が出てこない。

「千尋……っ!」

 それでも、荘龍には私の言いたいことがわかったみたいだった。荘龍の動きは、ますます熱く、激しくなっていく。

「はぁ、あっ……荘龍……私、私……ああ……っ!」

 私は、もうどうにかなってしまいそうなほどの気持ち良さしか感じていなかった。自分でも、ほとんど何を言っているのかわからない。

「はぁん……あっ、身体が……、熱いの……!」
「ああ、オレもだ……!」

 急に、身体の奥から何か激しいものが押し寄せてくるような気がした。荘龍も、熱い何かに突き動かされるように、動きを強めてくる。

「荘龍……ああ、もう私、……ふぅ、く……っ!」
「……クッ、そろそろ……行くぞ!」

 荘龍が、私をきつく抱きしめてくる。
 私も、ただ夢中で荘龍にすがりついていった。

「……荘龍、……き、来てっ!」
「…………千尋、っ!」

 私の奥から、強い波が来るのを感じる。
 同時に、荘龍の身体から、私の中に熱いものが激しくほとばしった。

 私たちは、お互いの気持ちが混じりあったまま、どこまでも高いところまで、一緒に登りつめた……。


 このまま、時間が止まってしまえばいい……私は荘龍の腕の中で、どこまでも幸せな余韻にひたり続けた。

 荘龍が、そっと頬に触れてくる。
 私は、幸せな夢から覚めたようにゆっくりと目を開け、荘龍の顔を見上げた。

「荘龍……」

 この幸せが夢ではないことを確かめるため、私は荘龍の首に抱きついて目を見つめ、キスをねだった。
 荘龍は、何もかも見通すような優しい目をして、私のおねだりをかなえてくれた。

「千尋……愛している。オレは、お前のそばにいる……明日までじゃなく、これからずっと、だ」

 私は目を閉じ、負けないぐらい優しいキスを返した。

「私もよ……愛してる。荘龍がそばにいてくれるなら、私、もう一度前に進んで行けるわ……」

 前向きな頑張りを誓いながら、私の心は不思議と肩の力が抜けたように自然な思いで溢れていた。
 それはきっと、どんな時でもそばにいてくれる、愛する人のおかげだった。

「……ああ。だが、今はゆっくり休むことだけを考えろ。千尋が眠るまで、オレは、ずっとそばにいる」

 私は小さくうなずいて、そのまま荘龍の胸に顔を埋める。

「お休みなさい、荘龍……」

 私は目を閉じて、安らぎに身を任せた。
 隣で見守ってくれている人の優しさを感じながら、いつしか私は眠りに落ちていった……。


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