「……千尋! 意味が、わかっているのか?」 私は、驚いて聞き返してきた神乃木さんの目を、正面から見つめた。 まだ私自身も頭の中が整理できていなかったけど、私は、自分の中にある素直な気持ちを、真っ直ぐにぶつけていった。 「確かに、私は今、弱っています。こうして、誰かがそばにいてくれないと、まともに眠れるかどうかもあやしいぐらいに……。それに、その……そういう経験もないですから、『わかっているのか』って言われたら、正直、自信はありません。でも、私、神乃木さんから見たらまだまだ頼りなくて、今だってこうして迷惑かけていますけど……それでも、初めての人をなりゆきで決めるほど、弱い女じゃないつもりです!」 「…………!」 「そこにいた誰かにそばにいてほしかったんじゃなくて……神乃木さんだから、そばにいてほしかったんです。だから、私を……!」 抱いてください、と言おうとした刹那。 神乃木さんは強く私を抱きしめて、唇で私の口をふさぎ、続けようとした言葉を封じ込めた。 「…………!」 驚いて目を見開いている私に向かって、神乃木さんは、甘くて低い声で囁いた。 「言わせちゃならないことを言わせちまうところだった。……すまなかった。惚れた女を誘うのは男のほうから……そいつが、オレのルールだ」 そう言って神乃木さんは、そっと私の首筋に手を触れる。 今度は、私も心の準備をすることができた。目を閉じて顔を上げ、そのままキスを受け入れる。……さっきよりもずっと優しい、甘いキスだった。 「千尋……愛している。お前が欲しい」 普段の神乃木さんなら絶対に言わないような、ストレートすぎる表現。だからこそ、本当に本物の気持ちが伝わってきたような気がして、うれしかった。 「私もです、神乃木さん……」 私も、自分の気持ちをキスに乗せて返そうとした。でもうまくいかなくて、ちょっぴり鼻がぶつかってしまった。 慣れていないのが丸わかりの恥ずかしい失敗に顔が赤くなるのを感じたけど、そんな私の様子を見て、神乃木さんはむしろ嬉しそうに微笑んだ。そしてそのまま、またキスを返してくる。……やっぱり、くやしいほど上手だ。 顔を離した後、神乃木さんは私の目を真っ直ぐに見つめて、少しあらたまった調子でこんなことを切り出した。 「おっと……これからは、先輩も後輩もない、ただの愛し合ってる男と女の時間だ。律儀な千尋にゃ、ちょいと難しい注文かも知れねえが……名前で呼んでくれねえか」 「…………!」 見抜かれている通り、それは、私にとってかなり勇気の要ることだった。でも、確かにその通りなので、私は懸命に勇気をふり絞ってみた。 「……そ、荘龍…………さん」 初めて口にする名前は照れくさくて、さん付けで呼ぶのが精一杯だった。 「『さん』もダメだ。ハラをくくって、名前だけで呼んでみな。でないと……『コネコちゃん』に逆戻り、だぜ」 容赦のない追い打ちが飛んできた。やっぱり、そのぐらいじゃ許してもらえないらしい。 「もう……その、こ、こういう関係になっても、意地悪なのは変わらないんですね!」 本当は『恋人』と言うつもりだったけれど、やっぱり照れくさくて『こういう関係』で済ませてしまった。慣れれば当たり前のように言うことができるのだろうけど、今始まったばかりの関係は、初めてづくしで恥ずかしいことだらけだ。 でも、始めの一歩を踏み出さないことには、何も始まらない。 私は小さく深呼吸をして、覚悟を決めた。 「…………。荘龍……」 初めて呼び捨てにした名前は、思ったより私の心に熱く、心地良く響いた。本人の耳には、どう響いただろうか。 そんなことを考える間もなく、私はさっきよりもっと強く抱き寄せられた。そしてまた唇を重ねられる。 「……ん……っ!」 今度のは、さっきまでとは全然違うキスだった。いきなり入ってきた舌に驚いて、思わず身を固くする。でも、柔らかくからめるように動き、吸い上げられるにつれて、今まで知らないような感覚が身体の中から沸きおこってきた。 そのうち、されるがままじゃなんだか不公平な気がしてきたので、どうしたらいいかはよくわからなかったけど、私のほうからも見まねで同じように動きを合わせていってみた。 私たちはそんなふうに抱き合いながら、自然とベッドに倒れこんでいった。 |